工大生のメモ帳

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青春時計 感想

【作品リスト】

※ネタバレをしないように書いています。

形の違う青春模様

情報

作者:川上亮・森橋ビンゴ・緋野莉月

イラスト:櫛衣けい・関川ケイコ

ざっくりあらすじ

春休み。走ることが好きな陸上部員・聖司と、機械的に勉強をこなす優等生・駿介は、学校で時計塔を見上げている少女と出会う。

感想などなど

 

本作は三人の著者がそれぞれ、『聖司』を森橋ビンゴ氏、『駿介』を川上亮氏、『慧』を緋野莉月氏が担当し、それぞれ同じ日に起こったことを、それぞれの視点で描いている。謎というほどではないにせよ、それぞれの行動の真意というものが後になって分かっていくと、どこか悲しくなったり、寂しい気持ちになったりする。

例えば。

最初は『聖司』という走ることが好きで、どちらかといえば内気な少年の視点から始まる。『慧』という少女との出会いから、『駿介』を巻き込んで――いや、巻き込まれてというべきかもしれないが、止まっていた時計塔を動くように修復するという奇妙なことを始めるまでの過程を、高校生らしい青臭さで描いている。

一目惚れした『慧』に対して抱えた思いは、何とも言えず甘酸っぱい。「彼女のために何かできないだろうか?」と考えて、彼女のために時計塔を修理する。しかし、いつしかその修理の過程を、青春の一ページとして楽しみつつあった。

そこから彼とは逆を行くような性格をした少年『駿介』の視点に移る。

ここで『聖司』と同じく、彼もまた『慧』に向けて恋心を抱いたことが明かされていく。しかし先ほどとは打って変わって、良く言えば悟りきったような感じで、悪く言えば捻くれたような感じで、自身が『慧』に対して恋しているという状況を分析して理解する。

元々、機械のように目的もなく、淡々と勉強をするような高校生だった。走ることが好きだと語り、陸上部で毎日のように走っていた『聖司』とは対照的に、目的もなく好きでもなく毎日のように勉強だけをしていた『駿介』。しかし

彼が『慧』と出会ったことで、勉強に対する熱意が少しずつ薄れて、集中力というものが削れていく。その変化の原因を、恋と言わずして何と言おうか。

最後には時計塔を見上げていた少女『慧』の視点に移る。

 

彼女はなぜ時計塔を見上げていたのだろう?

その理由を「時計職人だったおじいちゃんが作った時計塔だから」と語る。しかし今、彼女が見上げる時計塔は止まっている。どうやら昔に火災が発生して、それ以来止まってしまっているようだ。解体しようにも、それなりに昔の建造物。税金で運用される高校ということもあり、色々と大人の事情で解体も修復もできないのかもしれない。

さて、そんな彼女であるが、実はもう少しで遠い外国にある大学に行ってしまうのだという。学部としては工学部、時計職人だったおじいちゃんに対する憧れによるものだろうか?

そんな話をしていると、二人の少年が『時計塔を修理しよう』と持ち掛けてきてくれた。この辺りで、『慧』は二人の思いに気づいていたことが明かされていく。女の子は視線や向けられる感情というものに敏感なのだ。

さらに、二人の少年の思いを知った上で、彼女の中には全く別の思惑が渦巻いていたことまでも明かされていく。

――私は彼らを利用している。

そう彼女は言っている。

――罪悪感があった。

とまで彼女は言っている。

彼女の行動は決して褒めらたものではないだろう。罪悪感に押しつぶされそうになりながら、自問自答していく様が描かれていく。

しかし、あるシーンを境にして彼女の心境は大きく変わっていく。

彼女はとある過去に囚われ続け、そこから一歩が進めずにいた。その象徴が動かない時計塔であったのだろう。二人の少年の手によって修理され、秒針が動くその瞬間、彼女はやっと未来を見ることができたのだ。

青春時計……三人の心に抱えた時計が、止まることがないことを願う。

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