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処刑少女の生きる道 ―そして、彼女は甦る― 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

強い悪い人でありたい

情報

作者:佐藤真登

イラスト:ニリツ

試し読み:処刑少女の生きる道 ―そして、彼女は甦る―

ざっくりあらすじ

この世界では、異世界の日本という国から『迷い人』がやって来る。その『迷い人』はやって来る過程で何らかの超能力を持ち合わせており、それが起因して災害が起こることを防ぐため、『迷い人』を処刑する『処刑人』がいた。その『処刑人』の一人である少女・メノウは、女子高生アカリと出会う。

感想などなど

異世界に行きたいと願う者はいるだろうか。異世界=チートで好き勝手できるという思想を抱いている方は、それは世にはばかる転生作品に毒されているということを自覚し、異世界に対して幻想を抱くことをやめた方がいいだろう。

あらすじにも書いた通り、本作の世界には異世界である日本から、召喚や災害によって年に五人ほどの人間がやって来る。その全員がみんな大好きな特殊能力を持っており、その力は絶大。かつてはそんな異世界人の持ってきた技術や思想によって、繁栄した国もあるとかないとか。

しかしながら、その異世界人の誰かが世界を滅ぼすレベルの大災害を引き起こした。強すぎる力というのは利用できれば便利なものだが、一つ使い方を誤れば毒となる。そのことを身に染みて学んだ人類は、そんな異世界人を来た傍から殺す『処刑人』を育成した。その中の一人が見た目麗しい少女・メノウであり、本作の主人公だ。

この世界にやって来たばかりの異世界人、つまりは日本人は、来てすぐに世界を滅ぼしてしまうような危険性はない。それもそうだろう。世界的に見ても治安が良いとされている日本から、しかも高校生となれば良識の備わった良い人がほとんどと思われる。

事実、メノウの育成を担当した神官『陽炎』は、やって来たばかりの異世界人は良い人ばかりだと言った。それでも殺さなければいけない、と言葉は続くが。

 

平和ボケした日本人を処刑すると一言でいっても、それは簡単なことではない。この世界に来たということは、すなわち何らかの特殊能力を持っているからだ。たとえばその能力が、治癒能力だとすれば、一撃で屠ることが出来なければ自分で自分を治癒して反撃してくるかもしれない。そのままどこかに逃亡して、それこそ世界を滅ぼすレベルの災害を引き起こす可能性だってある。

反撃する暇も、余裕も与えない。能力に適した殺害方法を用いることが、処刑の大事なポイントだ。そのためには相手の能力を推し量る必要がある。それには相手に油断されないように近づき、その能力を聞き出すといった手段が手っ取り早い。

それにはメノウのような可愛らしい少女の外見は適している。少女というだけで、安全という固定観念のようなものがある。しかもそこそこノリも良いときた。モテない男は勘違いするかもしれない。

そうして安心して能力をポロっと話してしまったりしたら、次の瞬間には死んでいる。

 

そんな生活を送っていたメノウは、絶対に殺すことのできない少女・アカリと出会ってしまう。ちなみにアカリの能力は「時間を操る」というものだ。ただし無自覚に、だが。

この世界における魔法や能力は、我々が想像するようなものとは少しばかり異なる。厳密に異世界人が持っている能力は、それぞれが持っている純粋概念と呼ばれる力によって引き起こされる現象として定義されている。

たとえばメノウが出会う少女・アカリは、時間の純粋概念を持ち合わせており、それによって時間を操ることができる。それこそ過去へと戻ったり、未来へと飛んだりといったことも可能である。その能力はあまりに強力過ぎたのだ。

彼女を殺せない理由は、たとえ彼女を殺したとしても、自動的に死ぬ前の時間まで彼女の肉体が戻ってしまうためだ。メノウとアカリのファーストコンタクト直後、アカリを瞬殺するメノウだったが、次の瞬間にはアカリの肉体が死ぬ前の姿にまで巻き戻り、何事もなかったかのように立っていた。

たとえ彼女を海の底に沈めたとしても、彼女が時を戻して殺される前まで戻ってくれば死んだという結果はなくなる。彼女が能力を自覚し、本気でメノウと敵対したとすれば、それこそメノウに勝ち目はない。

メノウはこの危険すぎるアカリを殺すために、上司であるオーウェルからの情報を受け、そういった人物を殺すことができる儀式ができる施設まで、彼女を送り届けることとなった。

つまり彼女を処刑するために、彼女と行動を共にする訳だ。

アカリはこれから殺されることも知らず、というか一度殺されているのだがそんなことに気付かずに、メノウに明るく話しかけ、異世界という場所を興味深く眺め、その旅路を楽しんでいた。彼女はこれを、楽しい旅だと思っているのだ。

メノウの心境は複雑だ。良い人を殺す覚悟はしていて、自分は悪い人であることを自覚していたはずなのに、徐々に瓦解していく彼女の心の変化を、どのように捉えるべきだろうか。

メノウの心情や思考の描写が丁寧な作品だった。

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