工大生のメモ帳

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鳥籠荘の今日も眠たい住人たち① 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

それは本当に現実?

情報

作者:壁井ユカコ

イラスト:テクノサマタ

ざっくりあらすじ

”ホテル・ウィリアムズチャイルドバード”、通称〈鳥籠荘〉には、援交すると見せかけて金だけ奪って逃げるゲームに勤しむ衛藤キズナや、引きこもりの美大生・浅井有生。ゴスロリ小学生の華乃子や、常日頃からネコの着ぐるみで生活する彼女の父親など、変わり者が数多く生活している。そんな鳥籠荘での日常を綴った短編集。

感想などなど

変わり者ばかりが集まった鳥籠荘での日常を描いている。ゴスロリ小学生の華乃子市電で描かれた「パパはわたしだけのHERO」を除いて他三つは、かつてはゲームという援交すると見せかけて金だけ奪って逃げ出すことを繰り返していた衛藤キズナを主人公としている。

 

「さよなら、泣き虫ポストマン」

変人しかいない〈鳥籠荘〉で、ポストマンとして郵便物を部屋まで届ける仕事をしていたジョナサン。彼は五歳児程度の知能で止まっており、物の読み書きができない。そのため真面な定職に就くことができずにいた。

しかし、彼に辛抱強く住所に記載された数字から、荷物を届けるべき部屋まで辿り着けるように、最低限の数字などを教えた衛藤キズナ。彼はただ物覚えが悪いだけで、時間をかけてあげればしっかりと理解することができるのだ。今となっては頼りになるポストマンとして活躍している。

ジョナサンが毎日階段を駆け上がりつつ荷物を届けて回っていたある日。事件は起こる。

なんと、それぞれの部屋にあった小物――外国の硬貨のコレクション、懐中時計、ティーセット、ドアノブ、バスルームの蛇口など――が盗まれていたことが分かったのだ。その犯人として疑われたのが、毎日各階を移動して回っても疑われることのないジョナサンだった。

そしてその事件の渦中にいるジョナサンだったが、その事件に対する関与を決して否定しなかった。ただ涙を流すだけ。

その疑いを晴らすために、衛藤キズナはジョナサンの部屋を調査するようにお願いする。なるほど、何も出てこなければ犯人ではないということになる。彼女の言うとおり調査が始まると、彼の部屋からは何も盗まれた物は出てこなかった。

しかし、代わりに『衛藤キズナに届くはずだった手紙』が彼の部屋から出てきてしまう。

何故、彼は衛藤キズナに届くはずだって手紙を盗んでいたのか?

そして迎える儚い結末は、その後の物語を読み進めていくと時折、脳裏をよぎるものとなった。綺麗にまとまった話だった。

 

「ストリート・ブレイブ・ガール」

 援交するように持ちかけて、しかしいざ行為を始める前に金を持ち出して逃げる……この一連の行為をゲームとして、稼ぎを競うように毎日繰り返していた衛藤キズナ。ゲームを一緒にする同じような悪い仲間達でつるんでいる最中、誰も辞めるとは言い出さないまま、ただいつも通り、今日もゲームをする。

そう思っていた。その日はいつもと違った。

仲間達の一人のサチが、

「わたし、もうやめる。今日で抜ける」

と言い出したのだ。そこから始まる仲間達から彼女に対する殴る蹴るの暴行。ちなみに彼女が抜けると言い出した理由は、「おばあちゃんが入院したから」。それを聞いても尚、納得して振り上げた拳を引っ込める者はいない。

キズナはサチの友人だった。彼女がおばあちゃん子だったことは、おばあちゃんの話を聞いて知っていた。そんなキズナも、皆に言われてサチの腹を蹴った。

最低だと思う。彼女の自身はそのことを自覚して、それでも仕方のないことだと諦めている節がある。

そんな彼女をバイトに誘う者がいた。そいつの名は井上由起、「援交するよりは有意義だと思うけど」という彼女の言葉に乗せられるような形で、彼女は同じ〈鳥籠荘〉に住む浅井有生という美大生と会うことになる。

仕事の内容は、彼が絵のヌードモデル。これまでのゲームで、男性を前にして服を脱いだことはあった。しかし、だからといって脱ぐことに対して抵抗がないとは言い難い。彼女は数日、返事を待つようにお願いした。

そうして返事を考えていた、そんなある日。

ゲームを続けていた彼女は、これまで惰性で集い続けていたゲーム仲間達を前にして、自ら「やめる」と言い放った。サチと同じく、彼女も皆から暴力を受けて、たどたどしく帰る道すがら、まだバイトを受けると言っていないのに、浅井有生は「モデルが身体に傷つけるなよ」と不器用な言葉を投げかけた。

この一言がきっかけかもしれない。彼女はヌードモデルのバイトを受けた。バイト代は一万五千円。

足蹴良く彼の部屋に通い、服を脱いで絵を描かれる。モデルとしてのいろはが何も分からない彼女だったが、言われた通りの姿勢をして、「それがいい」と彼に認めて貰えることが、些細な喜びとなりつつある。

そんな日常が丁寧に描かれていく。サチのその後や、ゲームに残った面々のその後も、かなりのリアリティを印象深さを持って描かれ、読者の心に刻まれていく。キズナという少女が、大きく成長するに至ったエピソードだったように思う。このシリーズにおいて、とても重要な話ではないだろうか?

 

「パパはわたしだけのHERO」

 ゴスロリ小学生・華乃子の父親は、ネコの着ぐるみで生活していた。ちなみに母親と呼ばれているのは、金魚すくいで家族に加わった赤い金魚だ。なんとも珍妙な家族構成であるが、この〈鳥籠荘〉においては珍しくない。

ここだけ見るとファンタジーかと疑いたくなるが、ゴスロリ小学生の通う小学校は、スクールカーストも存在する現実の小学校だ。父親がネコの着ぐるみを着ているということは知られたくない。

しかも厄介なことに、ゴスロリに身を包んでいたことにより、彼女はどこぞのお嬢様というように噂が形作られていた。ダメ押しで彼女自身が一切否定せず、むしろ嘘をついてお嬢様設定を広げていく始末。

そんなある日。

学芸会で「塔の上のラプンチェル」の劇をすることとなり、華乃子はラプンチェルという主役を獲得した。なにせ外観はお嬢様と間違われるほどの清楚さと可憐さを兼ね備え、彼女もその噂に負けぬよう色々と頑張っているようだ。主役に選ばれるというのは、ある意味必然と言える。

しかし問題があった。同級生達は皆、両親が見に来るのだという。まぁ、当たり前だろう。息子、娘の晴れ舞台に来ない親など早々いない。華乃子の親であるネコの着ぐるみも例外ではなく、劇に来るための準備に勤しみ、わざわざ有井にカメラを借りに行くほどであった。

だが華乃子としては、それは不味い。なにせ父親は超エリートということになっているのだ。父親の外観は、どう見てもエリートとは程遠い。むしろ社会からの爪弾き者といっても差し支えがないレベルだろう。

そのため華乃子は、「劇の時間がずれたんだ」と嘘の時間を教え、父親が来る頃には劇が終わり、もう学校を飛び出してしまっているようにした。小学生である彼女の気持ちというのも痛いほど分かるが、娘の晴れ舞台を喜んで準備していた父親の気持ちというのも分かってしまう。この板挟みな感情が、読者を襲う。

ハッピーエンドの見えない展開が続くが、ラストはさっぱりとした後腐れのない終わりで締めてくれた。華乃子も父親も、これから先きっと大丈夫。そう思えるエピソードだった。

 

「籠の中の羽根のない鳥」

羽根がなければ空は飛べない。だから例え籠の扉が開け放たれても、外に出ることはできない。

この話では『浅井有生の過去』をキズナが知ったことにより、『衛藤キズナと浅井有生の関係性』を決定づける。これまで絵を描く・描かれるだけだった関係性に、それぞれが描く・描かれるための目的が付与された……という言葉の方が適切だろう。

さらに「さよなら、泣き虫ポストマン」で発生した泥棒事件の真相も、ここでようやく明らかになる。また、キズナにヌードモデルのバイトを依頼した理由やに至るまで、これまで抱くであろう細かな疑問を丁寧に解消していく。

この話を含め、全てのエピソードが丁寧に描かれているという印象を受ける。変わり者しかいない環境ではあるが、綴っていく日常はとても儚く、多くの大切なものを思い出させてくれる。

平凡な日常は、守るべきもの大切なものだ。なにせ一瞬で簡単に壊れてしまうのだから。

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