※ネタバレをしないように書いています。
※今までのネタバレを含みます。
浪速の白雪姫VS神戸のシンデレラ
情報
作者:白鳥士郎
イラスト:しらび
ざっくりあらすじ
夜叉神天衣、わずか十歳にしてタイトル挑戦を決めたシンデレラは、両親の前で誓いを立てた。
「お父さま、お母さま。必ず女王のタイトルを手に入れます」と。
しかし彼女の前には、史上最強の女性棋士である空銀子が立ち塞がる。
感想などなど
これまで多くの棋士がタイトルを求めて争う物語を読んできた。第八巻も供御飯万智と月夜見坂燎の戦いが描かれていましたし、アニメのクライマックスは八一と名人の戦いでした。これからも、それは続いていくことでしょう。
今回のタイトルホルダーは空銀子で、挑戦者は夜叉神天衣。
八一の姉弟子と、八一の弟子がタイトルを巡って争います。八一はどちらかに肩入れするという訳にもいかない上、<捌きの巨匠>生石充(振り飛車を教えてくれた人)との試合も控え、構ってあげる余裕はない模様。
まぁ、元々夜叉神天衣はあまり構ってほしがりではありませんでしたけど。
両親を事故で失い、誰に教わるでもなく、ただ一人で将棋をやり続けたのです。両親の棋譜を並べ、両親との思い出をバネに努力を積み重ねてきた彼女にとって、女王というタイトルには一際強い思いがある様子。
女王に対し、これまで以上の覚悟を持って挑みます。
しかし相手は最強の女性棋士、空銀子。女流棋士との対戦では一度も負けたことがないという生きる伝説。女性としては歴代最強(なお八一はそれを遙かに超える)。
八一が強すぎるので、その陰に隠れてはいますが、空銀子も十分チート級の強さなんですよね。もし棋士ではなく、女流棋士として生きていくならば、全てのタイトルを得ることも容易いでしょう。なんせ女流棋士で彼女に勝てる人間はいないのですから。
タイトル戦は三本先取の戦い。だから例え一戦目で負けたとしても、心が折れなければ、次の試合に向けて調子を整え、対策を講じればいいのです。
そう、心が折れなければ。
一戦目、夜叉神天衣は無残に大敗します。
十歳という幼さと、空銀子の冷徹さが起こした事故というべきでしょうか。簡単に説明すると「天衣が駒台に落とした駒を使ってしまった」というもの。何故そんなことが起きたのか? といったことは、実際に読んで確認して下さい。
実力でぶつかり合って負けたのであれば、まだ次の試合に向けて対策も打てます。しかし、結果だけみればただの反則負け。観戦に来ていた記者達の視線もどこか冷たい。
例え表面上を取り繕っていても、彼女が精神的にダメージを受けていることは確実でしょう。
そんな天衣のために、師匠として、自分にできることはないだろうか?
今回だけではありません。八一はずっと考えてきたのでしょう。これまで描かれることのなかった、天衣に対する八一の師匠としてすべきだと考えたこと、その答えが紡がれていきます。
どうしたら将棋が強くなるのか。
棋士なら誰もが考えることであって、八一も、銀子も、あいも、天衣も、桂香さんも「強くなりたい」という願いを心に抱いています。
では、何故強くなりたいと思うのでしょうか。
あいは八一の将棋を指す姿をかっこいいと思ったことが、将棋を始めるきっかけであり、それからはずっと八一の背中を追いかけています。銀子も八一に追いつくために将棋を続け、棋士になるという険しい道を選びました。桂香さんも子供の頃からの夢を抱き、好きな将棋に打ち込み続けています。
では天衣はどうなのでしょう。
彼女が将棋を始めたきっかけは、死んだ両親がアマチュア棋士であったからであって、そんな両親と交わした「将棋界の女王になる」という一つの約束を叶えるために、将棋をたった一人で指してきました。
では女王のタイトルをとってしまえば、それでもう終わりなのでしょうか。
彼女は今一度、自分が何故将棋を指しているのか考えなければいけないのかもしれません。
将棋の戦略とか、小難しい話は正直分かりません。
しかし戦略は自分の歩んできた道であり、歴史であることは、これまで長い長い話からなんとなく伝わってきます。
そして、その歴史は人から人へと伝えられていきます。
それがどれほど凄いことか。対局一つに、たった一人の幼い棋士の人生だけでなく、両親から続き、多くの人の思いが詰まった物語があるのです。
これはタイトルを巡る物語の一旦の終幕であり、天衣の新たな始まりの物語でした。