※ネタバレをしないように書いています。
オグリキャップの物語
情報
作者:久住太陽
試し読み:ウマ娘 シンデレラグレイ 12
ざっくりあらすじ
天皇賞(秋)はスーパークリークの勝利で幕を閉じた。ギリギリの勝負を演じ、惜敗したオグリキャップは、自分とスーパークリークの間にある力の差を確かに感じていた。
感想などなど
天皇賞(秋)はスーパークリークの完膚なきまでの完勝だった。オグリキャップはあと一歩届かなかった、と観客席からは見えたかもしれない。しかし、全てがスーパークリークの想定通りに進み、唯一それに食らいつかんとした怪物・オグリキャップに尻尾を掴ませなかった。
オグリキャップの武器はその脅威の末脚である。しかし、それが通用しなかったのはタマモクロス以来初めてではないだろうか。コツを掴んでゾーンに入ることができるようになったにも関わらず、である。
そんなスーパークリークの強さの裏には、奈瀬文乃トレーナーの支えがあったことは語るまでもない。その辺りのドラマはダイジェスト版という形で、第十一巻にて描かれている。是非とも読んで欲しい。
そんな第十一巻を終えての第十二巻では、奈瀬文乃の父親・英人トレーナーが登場し、彼の周辺模様が描かれていく。
この父親がまた良い性格してるのだ……娘である文乃の台詞「ずっと僕達を放って海外を飛び回り 今更返ってきて父親面ですか?」「一体何を企んでいるんですか」「……貴方を父とは思っていません」……というように全く信頼されていない。
そこまで嫌われるに至った理由は娘との接し方を見ていれば何となく分かる。
文乃の言うとおり、彼はほとんど家に帰っていなかったのだろう。それなのに急に目の前に現れたかと思えば、その理由の説明などが全くない。恐ろしいまでに会話が成立していないのだ。
彼は自分のことを「思ったことを言っているだけなんだけどね」と説明している。
良い意味で嘘がつけない人なのだろう。渋くて思慮深そうなルックスとは裏腹に、脊髄反射で会話する彼と仲良くできる者がいた。彼の担当ウマ娘・バンブーメモリーである。
天皇賞(秋)は惜敗したオグリキャップは、思い悩み苦悩することとなる。その悩みを乗り越えるきっかけとして、バンブーメモリーが大きく関わってくる。
彼女について説明するには、作中の登場人物紹介でも書かれている『熱血風紀委員』というワードがしっくり来る。ただ我武者羅に突き進む熱量はかなりのもので、その熱に当てられる形でオグリキャップは、壁を越えるきっかけを与えられることとなるのだ。
その流れを説明するには、2つのGⅠレースを知ってもらわないといけない。
まず一つ目はすべてのマイラーの頂点を決めるマイルGⅠの最高峰・マイルCS(チャンピオンシップ)。ちなみに、有馬記念でオグリに啖呵を切ったティクタストライカが、前回の覇者である。
二つ目はマイルCSの一週間後に行われるJC(ジャパンカップ)は、かつて第六巻と第七巻を隔てて描かれた世界各国から最強のウマ娘が集って最強を決める熱いレースである。
さて、この2つのGⅠの間には一週間しかない。GⅠレースで受けた肉体的ダメージが回復させるにはあまりに短いこの期間のせいで、マイルCSとJCのどっちにも出場するということは不可能とされていた。
そうなると問題になってくるのは、オグリキャップはどちらに出るべきかという話だ。
オグリキャップは前年度のJCにて、米国からやって来たオベイユアマスターに敗れた。そんなJCに対して抱く熱量はかなりのものだ。再びやって来るであろうオベイユアマスターとの再戦もあり、彼女の夢が詰まっている。彼女の目はJCを向いていた。
マイルCSはマイルの王を決めるマイラー最高峰の舞台である。そんな舞台に無理やり目を向かせる者がいた。
バンブーメモリーである。
バンブーメモリーはオグリキャップ不在のマイルCSにて、マイルの王になることに納得できなかったようだ。彼女としては何としてもオグリキャップと共に走り、彼女を超えてマイルの王になりたかった。どうしても彼女と戦いたかった。
その熱い思いが通じたオグリキャップ。無理を承知で彼女はマイルCSに挑むこととなる。第十二巻はそんなマイルCSでの戦いが描かれていく。
ウマ娘は走りたい時に走れるとは限らない。
この言葉は競走馬の歴史を詳しく知らない自分にも重くのしかかってくる。競走馬の協議できる寿命というのはかなり短い。一度怪我をしてしまえば、そこから復帰するというのは難しいことからも分かるように、オグリキャップが小さい頃はまともに走れなかったように、走れるということ自体が奇蹟のようなものなのだ。
歴史に「もしも」はないが、「あそこで怪我をしなければ」「あのレースに出走していれば」というような可能性を夢想してしまうおのだ。それは一種の後悔の表れであろう。
どうか彼女達には後悔というものをして欲しくない。そう願いつつ応援してしまうのはブログ主だけではないだろう。良いレースであった。