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【漫画】熱帯魚は雪に焦がれる1 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

いっそ蛙になれたら

情報

作者:萩埜まこと

試し読み:熱帯魚は雪に焦がれる 1

ざっくりあらすじ

都会から海が近い田舎の高校に引っ越して来た天野小夏は、なかなか周囲に馴染めずにいた。そんな中、水族館部の唯一の部員である帆波小雪と出会った。心に抱えた寂しさを紛らわせるように、互いに惹かれ合って……

感想などなど

海に近づくと、潮の香りが濃くなってすぐに気付くものだ。海にはたくさんの人がいる。夏は水着を着た人達がビーチを埋め尽くし、ビーチを離れた堤防には糸を垂らして魚がかかるのをまつ釣り人が座っている。

今回はそんな海に近い田舎を舞台にした物語となっている。

ということは海をテーマにしているのかな? タイトルに熱帯魚とか入っているし。

かと思いきや、本作はかなり変化球的なとある部活を舞台にして、物語が展開されていく。

その部活の名は、『水族館部』

愛媛県立長浜高校に実際にある部活らしく、学校が一丸となり立派な水族館を月一で公開しているようだ。作者である萩埜まこと氏は、実際にその様子を取材させてもらい、その活動されている姿勢に感動して本作を書くに至ったようだ(第一巻、後書きより)。

 

そんな水族館部のある高校・七浜高校に、父の海外への転勤をきっかけにして、親戚の家に預けられるような形で東京から引っ越して来た天野小夏。その顔にはかなりの不安が浮かんでいる。これから一人で新しい環境に放り出される不安が伺える。

そんな彼女が日曜日に、これから自分が通うことになる高校の前を通りかかると、なにやら人が大勢おり賑やかにしている。門に立てかけられた看板には「水族館」と書かれており、それを見た小夏は、案内の人に無理やり連れて行かれる形で「水族館」を見ていくことになる。

そうして大きな水槽に入れられて魚を見ていくと、一つだけ何も入っていない水槽を見つける。それを見ていると、

「サンショウオ お好きなんですか?」

と話しかけてくる女子高生がいた。斬新なナンパ……という訳ではなく、彼女が水族館部唯一の部員にして、本作における ”もう一人の主人公” 帆波小雪である。クールで美人な彼女に声をかけられてドギマギしつつも、彼女から水族館部のチラシをもらい、月一で学校に水族館を開いているという説明を受け、「また遊びに来て下さいね」と言って貰えた。

この出会いが、彼女の高校生活を彩っていく運命的なものだったことは言うまでも無い。

 

帆波小雪というのは、成績優秀・スポーツ万能・美人・高嶺の花ということで学内でもかなりの有名人であるらしかった。多くの男達が彼女をデートに誘い、散っていたことが描かれていく。

しかし。そんな彼女は完璧すぎて、近寄りがたいとも思われていたようだ。

だが、小夏が彼女に対して抱いた感想はかなり違っていた。

釣った魚を狙う猫と追いかけっこする先輩。その隙を狙って魚を奪っていくペリカンを怒る先輩。部室にてサメのジョーに「昨日恥ずかしいところみられちゃったなー」と話しかける先輩。小夏との間接キスで照れまくる先輩。

クールとは程遠いどこか抜けている感が、はっきり言って可愛い。

そんな彼女が、たった一人で切り盛りしていた水族館部へ入ることを決めた小夏。そうして後輩が出来たことを喜び、にへーとした笑みを浮かべる先輩もまた可愛いのであった。

 

この作品では井伏鱒二の小説「山椒魚」が、小夏の心情を表す表現として使われ、二人の距離を近づけるギミックとしても機能している。

そもそも山椒魚という話は、自分の身体が成長しすぎて外に出られなくなった山椒魚と、その山椒魚に閉じ込められて一緒に外に出られなくなったカエルという話だ。教科書にものっていたりするので、知っている人は多いのではないだろうか。

小夏はそんな山椒魚を授業で習い、「小雪先輩は山椒魚のようだ」と感じだ。そして、「いっそ蛙になれたらいいのにな……」と小雪先輩に言う。独りぼっちの山椒魚と、山椒魚に閉じ込められるカエルという関係性を、小夏は心の片隅で望んだ。その時、先輩はその言葉の真意を理解できずにいた。

だが、そのことにはいずれ気付くだろう。気付かないといけないだろう。

こういう先を読ませる展開が上手い。そんな罠に引っかかった読者の一人はブログ主である。二人の距離が縮まっていく過程や、感情の起伏を丁寧すぎるくらいに描いて、ラストも微笑ましさと緊張感が両立したような締めで幕を閉じる。

結論。二人が可愛かった。

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