工大生のメモ帳

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薬屋のひとりごと 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

毒味役少女の事件簿

情報

作者:日向夏

イラスト:しのとうこ

ざっくりあらすじ

花街で薬屋をやっていた猫猫だが、人さらいに売り飛ばされて、現在後宮で下働き中である。けして美人とはいえぬその娘は、分相応に何事もなく年季があけるのを待っていたが、自らの好奇心により事件に巻き込まれていくことに……

感想などなど

「小説家になろう」にて大人気を博したミステリー小説としてその名を馳せた本作。舞台は大陸の中央に位置するとある大国――まぁ、昔の中国だろう――にて、引き起こされる事件の数々を、薬物に関する膨大な知識を有する猫猫が解決していく内容となっている。

当たり前ではあるが、作品で描写されている医療技術と今を比較すると、天と地ほどの差がある。医療技術だけではない。平民達の識字率はそうとうに低い上に、美しい女性が犯されることは特段珍しいことではなく、主人公に至ってはあまり美しくないという理由で攫われて後宮に売却されているほどだ。

また、少しばかり不可思議な状況で死んだ場合、「これは呪いだ!」と騒ぐ輩もいる始末。それが学ぶということを知らない平民であるならまだしも、人の上に立つ貴族達がそう言っているのだから救いが無い。

そんな人々に逆行するような形で、呪いを否定し、貴族達が不思議に思うような死因に対しても納得のいくような答えを見つけ出してしまうような、いわば変人と言っても差し支えのない少女こそが、本作における主人公の猫猫であった。ちなみに読み方はマオマオである。

探偵という言葉は一度も登場していないが、平民でありながら帝にまでその存在を知られることになる彼女が巻き込まれる事件についてまとめていきたい。

 

元はネットで連載されていた小説ということもあり、章立てされておらず、第一話、第二話……という形式で物語が描かれている。また、第一巻を通して一つの事件を解き明かすのではなく、複数の話を通して一つの事件を解決していく短編形式となっている。

なので「第何話が良かった」というように語ることはできず、「第何話から第何話の話か忘れたけど、あの事件が面白かったね」というように印象に残るトリックや動機を語ることになるだろう。まぁ、本ブログはネタバレをしないようにすることを掲げているため、単純にそのように語ることはできないが。

ということで二つほど印象に残った事件というものを語っていきたい。他にもたくさんの事件が起きているので、それらは読んでからのお楽しみということで。

さて、まず紹介したい事件は『帝の御子が皆短命事件』である。

これは猫猫が一番最初に挑む事件であるものの、特に調査するまでもなく、話を聞いた瞬間に真相を理解してしまったものであった。帝の御子であるという情報や、先ほどに述べていた国の状況を鑑みて真相が分かってしまう人もいるかもしれない。

事件の内容はその名の通り、帝がお手付きした――まぁ、つまりは子供を産ませるために抱いた女性の子供が、皆幼くして死んでしまうというものである。世情的に子供が死んでしまうということ自体は珍しいことではない。しかし、相手は帝の子供である。周囲の人々は死なせないように手をかけ、当時としては最も死ににくい子供だったと言っても過言では無いだろう。

というのに皆が皆死んでいく。しかも母親達の体調も芳しくないというのだから、呪いの類いを疑い出す貴族がいてもおかしくはない。

……という上記の情報だけで猫猫は事件の真相を察してしまった。さて、皆さんには判るだろうか。また、この事件で妙な正義感を発揮してしまったことにより、上の面々に存在を知られることになる訳だが、その話についてはまた後で。

次に紹介したい事件は『娼館心中(?)事件』である。

時刻は早朝、娼館の一室に居る男女が毒物を飲み込んで昏睡状態。女性はあまり毒を摂取していなかったのだろう、猫猫が毒を吐き出させることで息を吹き返す。一方男性は多くの毒物を摂取してしまったことにより、吐き出させたものの意識はなかなか戻らない。

この状況だけみると二人が毒物を飲んだことによる心中のように思える(間違って飲んだとは考えにくい毒物だった)。しかし話を聞いていくと、男は女性に対して好意があるように見せて近づき、楽しむだけ楽しんで捨てるというクズだったらしく、そうとう多くの女性に恨まれていたようであった。一緒にいた女性も例外ではなく、これから捨てられているはずだったのだ。

となると、女性があえて男性に毒を飲ませたという可能性が浮上する。

しかし、クズはクズだが経験から学習する。どうやら過去に女性に殺されかけたことが一度や二度ではないらしく、女性が出した食べ物には口を付けようとしなかったらしい。できれば経験から女性に対して優しくするという発想に至って欲しかったが。

だとすると男が口にしたものは、女も一度毒味をしたものに限られてくる。つまりいつ毒物が盛られたのか分からないのだ。

事件の真相自体はミステリ好きにとってはありきたりと言えるかもしれない。しかし、個人的には印象に残っているエピソードだったりする。

 

そんなミステリ要素のみならず、本作の魅力は主人公にあると考える。例えば、本作は基本的に猫猫の視点で描かれていく。そして、彼女のかなり毒舌的な心の声を見ることになる。

そう、かなり主人公は辛辣なのだ。

事件の中には悪意のない純真さ、言い換えると毒物について無知が起こすものがある。そのような無知なる者に対して、猫猫はかなり声を荒げて、平手打ちですらかましていく。

上司(正確には正しくないが)である壬氏は猫猫に対して面倒ごとを持ってくる。貴族と平民であるため、猫猫は逆らうことができない。しかし、彼女の心底嫌そうな表情や、思い切り口の悪い心の声のため、読んでいる側としては妙な面白さがある。

世情を考慮すると、猫猫はかなりチートであると言えよう。高校における化学で学ぶような炎色反応を理解している大人が、現代においてどれほどいるだろうか? 飲み込んだ毒物を吐き出させるための手法を知っている大人がどれほどいるだろうか? 毒の入った食べ物を食べて、ピンピンしている人間がどれほどいるだろうか?

……もしかすると世情を考慮せずともチートかもしれない。

しかし、可愛らしさや憎めない表情を見せてくれる猫猫。異性の気持ちに少しばかり疎かったりする点もチャームポイントと言えなくもない気がする。

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