※ネタバレをしないように書いています。
やりたいことは何ですか?
情報
作者:鴨志田一
イラスト:溝口ケージ
ざっくりあらすじ
「ゲームを作ろうぜ」に落選した空田は、意気消沈しながらも始まっていく二学期の学校へと向かった。夏休みを経て学校の構造を忘れてしまったましろを連れて。そんなある日、ましろを連れて帰るためにリタ・エインズワースが、さくら荘にやって来る。
感想などなど
『ゲームを作ろうぜ』の書類選考は通過したが、プレゼンであえなく撃沈してしまった空田。天才達の支援を得たとはいえど、何かが足りなかったのだろう。それは空田の生み出したアイデアなのか、はたまたプレゼンにおけるトーク力か掴みかは定かではない。
きっとその両方なのだろうと思う。いきなり大人達を前にして、自分の考えたアイデアを自信を持って話せる人物はそう多くないだろう。空田はその大多数の人材に過ぎなかったというだけのこと。
そうして夢のために頑張ったという事実が、次の一歩へと繋がると考えると、そう悪くない経験だったのかもしれない。凡人には凡人なりの頑張り方があって、その途中をすっ飛ばすような贅沢を望んではいけないのだ。
さて、第三巻にて新キャラが登場する。立場としては居候ということになるのだろうか。いきなり着替えも食料もなくイギリスから日本にやって来て、ましろを連れて帰ると宣言した金髪美少女、リタ・エインズワースである。可愛らしい外観に、いつも口角が上がっている。男性慣れしていないと彼女は語るが、男性からのアプローチを避ける能力はかなり高いようである。
実は彼女、イギリスにいるころのましろのルームメイトであり、ましろ当番であった。いわば空田と同じ立場とも言えるかもしれない。また、彼女にPCの使い方と漫画の書き方を教えたのも彼女であり、日本に行くための手はずを整えたのも彼女であり、両親に漫画家になろうとしていることをバレないように画策していたのも彼女であった。
しかし、そこまでしてましろのために尽くしたにも関わらず、日本にまでやって来てイギリスに連れて帰ろうとしているのは何故なのだろうか。
その理由を彼女ははっきりと語っている。
「彼女は絵画を描いているべきなの」と。
自分が望んでいない才能を持つ者は、探せばきっといる。またそれ以上に、自分が望む才能を持てない者もいる。
ましろには絵画の絶対的な才能があった。そして彼女はその才能を、漫画というものに費やそうとしている。絵や構図に関しては流石とのものだが、ストーリーに関しては何も知らない彼女の作品は下手と言っていい。才能を捨てているといっても良いだろう(漫画が好きな自分にとっては、あまりそういう表現はしたくないのだが)。
今後も絵画を描き続けていれば、数百年先まで語り継がれるような傑作を生み出せたかもしれない。作中にて、芸術をあまり知らない空田も認めるほどの可能性が彼女にはあったのだ。
その事実を受け止められず、許せないと語るリタ。どうやら彼女もまた絵画を愛し、書き続けている芸術家の一人にして、ましろという絶対的な才能を前にして挫折した人間の一人だったのだ。
芸術に勝ち負けはないと言うが、それでも傑作を前にして劣等感を抱いてしまうことはどうしても避けられない。しかもそれが同級生で、ずっと絵を一緒に描いて、隣で見てきた相手だとすれば、そこから生まれる嫉妬心は避けようがない。
どんなに自らを騙そうとしても、それはいつしか壊れてしまう。その壊れてしまう瞬間というのが、おそらく今回の第三巻で描かれていくのだ。
きっかけは色々あったのだろう。そして、その崩壊を乗り越えられるかどうかで、今後の人生というものは大きく変わっていく。
吹っ切れたあとで見た景色というものは、一体どんなものなのだろう。その後の活躍というものに、期待せずにはいられない。胸に刺さるシーンが多い第三巻であった。