工大生のメモ帳

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ダブルブリッドⅥ 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

※これまでのネタバレを含みます。

死の恐怖を忘れるなかれ

情報

作者:中村恵里加

イラスト:藤倉和音

ざっくりあらすじ

”怪” と人、二つの血を持つダブルブリッドである片倉優樹は、訓練のために船に揺られて二十時間ほどの場所にある無人島へと向かっていた。そこが血塗られた戦場へと変わってしまうとも知らずに。

感想などなど

第五巻はミステリチックに物語が進み、犯人である被害者の彼女が死亡という悲しい結末で終わりました。しかも、その彼女の死に方というものが壮絶で、人でありながら人ならざる存在――鬼殺しへと堕ち、燃えて死んでいくことに……。

鬼殺しというのは空木という怪が、人が怪を殺すために作り出した武器の名称です。最初は木刀のような形状ですが、怪を殺す度に心が犯されていくことで怪を殺すことしか考えられなくなり、最終的には心だけでなく肉体も植物のような姿へと変貌を遂げていきます。

第五巻にて「犯人は人か? 怪か?」ということを考えていましたが、「犯人は人でも怪でもなかった」というのが正解だったということになります。まぁ、元が人なので色々とややこしい問題ではありますが。

怪を殺すためだけに、人ではない何かに身をやつしていく……人が怪と対等に殺し合うためにはそれ相応の対価を支払わなければならない、ということなのでしょうか。

 

しかし、人は銃器という怪を殺すことができる武器を手にしました。まぁ、口内に突っ込んでぶっ放すとか、動けない状態にした上で撃ちまくるぐらいまでしなければ死にませんが、「頑張れば殺せる」という事実は重要です。

警察にはゴム弾や催涙弾などを用いて怪を捕縛する部隊が存在します。山崎太一朗が所属している部隊がこちらになりますね。相手によっては捕縛ではなく殺害を担うこともあるよう隊長である赤川は、過去に怪を殺したことが言及されています。

今回はそんな部隊の訓練として、第六課――優樹が率いる怪の部隊――の怪を捕縛する訓練が絶海の孤島にて行われます。いつもは優樹一人ですが、今回は引退したはずの他のメンバーも引き連れての訓練であり、しかも米軍までもが参加するという大がかりなもの。

米軍といえば思い出されるのは第一巻、怪のサンプルを喉から手が出るほど欲していることで起きた事件でしょう。誰も幸せにならない人のエゴが詰まった酷い事件でした……強いて言うなら太一朗と優樹が出会ったことが唯一の救い……

と今回のエピソードで言えなくなってしまいました。

太一朗と優樹は出会わない方が良かったのでは?

この第六巻を読んだ人は、そう思ってしまうのではないでしょうか。第五巻で何か覚悟を決めたはずの太一朗、怪を殺すということに躊躇いを失っていく彼の心と、優樹に対する思いが反発し合う最中、物語は急加速度的に進んでいくのです。

 

事件は三つの思惑が重なり合っています。一つ目は『鵺・ネジによる復讐劇』、二つ目は『米軍による怪の回収』、三つ目は『主と空木の対決』……とりあえず一つずつ見ていきましょう。

まずは一つ目『鵺・ネジによる復讐劇』。これまでパッとしなかった鵺・ネジの目的が、かつて自分の仲間を殺した人間への復讐だと判明しました。しかも、その復讐の相手はどうやら太一朗の上司であり、優樹が唯一尊敬する人間である赤川であることも作中で判明しました。

自分を殺したいほど憎む怪と対面した時の赤川や、事実を知った優樹達の反応は読んでいて面白いものがあります。

次に二つ目『米軍による怪の回収』、まだ懲りていなかったようですね。多数の銃火器と人員を携えて、訓練に乗じて怪を捕まえて持ち帰る……何の捻りもない単純な計画が立案され、実行されていくことになります。

最後に三つ目『主と空木の対決』。上記二つの思惑も、この三つ目の目的と密接に関わっていきます。なにせ作中の登場人物のほぼ全員が、主の思惑通りに動いているのですから。

鵺・ネジが復讐相手の名前を知っているのは何故か? 主が教えたからです。

米軍と警察の訓練が行われることになったのは何故か? 主が推し進めたからです。

訓練の場所が絶海の孤島に選ばれたのは何故か? 主が決定したからです。

……主の思惑通りに進んでいく物語。その全ての鍵を握っているのが優樹であり、そして計画において邪魔になったのが太一朗となっていきます。

 

このシリーズを読んでいて一つ気付いたことがあります。それは「登場人物達の心情や考え方の変化が恐ろしいほど希薄」ということです。

例えば優樹について考えてみて下さい。人に対する考え方、怪としての考え方……それら全てが第一巻から一貫し続けています。人としての考え方も、怪としての考え方もどちらも共有しているため変化しているように見えるだけです。

大田も傍観者としての立ち位置を変えようとはせず、浦木も主の下につくものとしての立場に変化なし。夏帆は良い意味で怪として代わり映えせず。浦木は……良く分かりません。

唯一の例外は太一朗です。怪に対する偏見がなくなっていく流れの中で、優樹に対して恋心を抱いていく……彼女のためを思い幸児を殺してしまったことを悔やみ後悔……これまでの物語で一番心情が揺れ動いているのは彼でしょう。

物語を理解しようと考えた時、一番注目すべきは太一朗であるように思います。第一巻での太一朗から怪に対する考え方の変化、第二巻・第三巻での優樹に対する思いへの自覚、第四巻で優樹へと想いを告げた上での心情の変化、第五巻で優樹に相対する覚悟を決め、第六巻では……それは読んで確認して下さい。

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