※ネタバレをしないように書いています。
隠居したい
情報
作者:鳥羽徹
イラスト:ファルまろ
試し読み:天才王子の赤字国家再生術 8 〜そうだ、売国しよう〜
ざっくりあらすじ
大陸西側の有力者が集う選聖会議に呼ばれたウェインは、それが罠であることを分かっていながら、徹底的に蝙蝠を貫いてやる意気込みで乗り込む。しかし、来て早々に殺人の罪を被せられてしまう――。
感想などなど
ナトラ国の位置は山に囲まれた北部であり、さらに土地も肥沃とは言いがたい。赤字国家とタイトルで銘打たれるだけあって、発展するには厳しすぎる条件で構成されているような弱小国と呼ぶべき国である。
しかしながら他国からの侵略を(あまり)受けてこなかったのは、大陸の東と西を分け隔てる緩衝国のような側面があるからだろう。西側諸国が帝国からの侵攻を受けないのは、帝国がナトラに支配されていないからであって、逆に帝国が西側諸国からの侵攻を受けていないのも同じ理由。ナトラが独立していることが、東西の両陣営にとってメリットとなっているのだ。
第一巻で帝国がナトラに軍を置いていたのは、西側諸国に睨みをきかせるためであった。帝国に悪感情を抱いている国が西側に多いことは、これまでの西側諸国の人々を見ていれば良く分かる。
そんな緩衝材だったナトラが急速に力をつけつつある。それもこれも、これまでのウェインの活躍によるところが大きい。これは良いことばかりかと思えば、決してそういうことでもないのが、政治の難しいところだ。
「急速に力をつける=自国にとっての驚異となる」という図式が成立してしまうのだ。西側にとってみれば、今ナトラが帝国側についてしまえば帝国に攻められるかもしれない。どうにもロウェルミナ皇女と仲が良くて見合い話が上がったこともあるらしいし……じゃあ「帝国につかないよね?」という風にちょっとナトラを脅してやろう。
というのが今回のウェインを取り巻く情勢である。
今回、ウェインは西側の有力者が集まる選聖会議に招待された。
西側を実質的に支配しているのは、一大宗教であるレベディア教のトップ・聖王だ。その聖王を補佐する役目として、それぞれの国から『選聖候』と呼ばれる者が選定される。選聖会議というのは、この『選聖候』達が集う会議ということだ。
ウェインは第三巻で呼ばれ、そこで聖王を殺している。まぁ、ニニムを殺して遊びたいから差し出せと言われたら、ウェインなら迷いなく殺すだろう。仕方ない。
そんなことをしでかしていながら、また今回も呼ばれるというのは罠という気配しかしない。最初に語った通り、帝国側につくことがないように脅迫という意味合いか、もしくは西側につくようにという要望(という名の脅迫)か。
どちらにせよ、ナトラにとって利益となる話が出てくるかは定かではない。それでも自国の利益を引きずり出してやるという意気込みで、ウェインは会議の開催地・ルシャンへと向かった。
ここで少しだけ確認しておこう。現『選聖候』は五人。
ソルジェスト王国の国王、グリュエール。
ベランシア王国の王弟、ティグリス。
ファルカッソ王国の王子、ミロスラフ。
バンヘリオ王国の講釈、シュテイル。
ウルペス連合の代表、アガタ。
それらを束ねるのが聖王・シルヴェリオ。
どいつもこいつも、一癖も二癖もある者達ばかりである。グリュエール王と戦ったことも記憶に新しい。さらに目を向けるべきは『選聖候』だけではなく、レベティア教福音局局長カルドメリアという狂人も忘れてはいけない(第三巻の騒動で選聖候からは落ちている)。
実際の会議が始まる前の前哨戦として、グリュエール王との会談。その会談に割り込んでくるような形で、ティグリスが同盟を持ちかけてきたり……会談の結果は始まる前から決まっていると言うが、こういった根回しがあるからこそなのだろう。
ウェインとティグリスだけではない。おそらく他の選聖候達も、それぞれの利益のために他の者と組み、会議を優位に進められるようにしているはずだ。その過程で邪魔になる者がいれば、命だって奪う可能性も否定できない。
事実、殺人は起こる。容疑をウェインに押しつける形で――。
選聖候だけでも五人いて、その関係者まで考えるとかなりの人数がいる。それぞれが自身の利益のために行動し、複雑に絡み合っている。その複雑さは国内に止まらず、会議の行われているルシャンから遠く離れた帝国までも動かした大きなうねりとなっていく。
それらにウェインはどう立ち回っていくのか。「ここまで読んだのか?」と作中の敵がつぶやいているが、読者も激しく同意である。ウェインの恐ろしさも垣間見える第八巻であった。