※ネタバレをしないように書いています。
平均寿命を10年上げたい
情報
作者:高山理図
イラスト:keepout
試し読み:異世界薬局 2
ざっくりあらすじ
ファルマのチート能力に危機感を抱いた異端審問官や、平民にも安く・効果的な薬を提供する薬局に危機感を覚えた薬師ギルドからの妨害工作が行われている中、前世でも猛威を振るった病気が上陸する。
感想などなど
皇帝陛下の肺結核を治療し認められ、平民にも薬を安く提供する薬局を開いたファルマ。ここまで順調なファルマの生活、このまま国民の平均寿命を10年押し上げるという目標も達成できるのではないかと思ってしまう。
しかし甘い。
まず第一巻の最後で示唆された問題として、ファルマのことを悪魔ではないかと疑った異端審問官の登場があげられる。影がなく、海を切り裂き、魔法を使った後には膨大な魔力だまりが発生するという特徴を列挙してけば、ファルマのことを人ではない何かと疑ってしまうのも無理はないのかもしれない。
そんなチート薬師・ファルマを狩らんと駆け付けた異端審問官達は、何の躊躇もなく攻撃を仕掛けてくるのだから恐ろしい。ただファルマは彼らが想像するよりもチートだった。当たり前のようにあらゆる物質を生成、消滅させることができると書けば、盛りすぎた設定だと揶揄されるのではないだろうか。
他の問題として、異世界薬局の登場で仕事を失いつつある元々あった薬局たちからの妨害があげられる。そもそも彼らにとって、薬の提供は一種の博打のようなもののようだったらしい。これまでの経験則に乗っ取って、効くかも分からない薬を提供する彼らの仕事が失われていくのは、必然のようにすら感じる。
その妨害がかなり酷い。例えば、土砂を積んだ馬車を薬局に突っ込ませる……清潔であることが求められる薬局において、どんな菌がいるかわからない土砂をそのままにするなどもっての外。店内に並べられていた薬もすべてダメになり、打ちひしがれるファルマの様子は心に来るものがある。
そんな彼を救ったのは、これまで彼の薬で助けられた人たちである。ちなみに最強と言われる皇帝陛下もブチギレなので、犯人はどのような末路をたどったかは想像にお任せしよう。
話は打って変わるが、カミュの『ペスト』という作品をご存じだろうか。
ペストとは人類史上最も致死率の高かった伝染病であり、そのペストによって多くの人が死んでいく街の様子と、その動向を淡々と描き切った名作がカミュ著『ペスト』である。ネズミが大量発生し、最初はだれも危機感を覚えていない中で何かわからない病気で肌が黒くなって死んでいく人々。その街に漂う終末感は、コロナで苦しんだ我々世代にも刺さるのではないだろうか。
さて、ここで言いたいのはペストはやべー病気ということだ。当時は特効薬などなく、かかれば死ぬしかないくらいなものだった。今となっては治療薬があるが、治療薬がないことの恐ろしさは想像できるのではないだろうか。
そんなペストが、ファルムの海を挟んだ大陸で発生が確認された。
ペストの恐ろしさを知っているファルマは、海上封鎖を提案。そもそもペストを街に入れないため、ペストを媒介させるネズミ(正確にはノミのようだが)を入れないように徹底した検疫を実施。
しかしそれらに対抗する商人や兵士達が、数多くいた。彼らにとってペストなんて知ったことではなく、自分達の立ち入りを拒むファルマ達が敵に見えたのだろう。中にはペストで全員が死んだ船が漂着してくることもあり、ペストのヤバさも窺い知れた。
そんな必死の検疫を潜り抜け、ペストは街に侵入してしまったと分かった時のファルマの絶望は計り知れない。このままでは一国が滅びかねないという危機感、国の閉鎖を試案し始める国の偉いさん方の迅速な対応もむなしく、ペスト菌はさらにバラまかれていく。
ただカミュ著『ペスト』ほどの絶望感がないのは、ファルマの存在が大きい。カミュの描いた街には、救世主などいなかった。皆が死を待つことしかできず、死体処理場にあふれんばかりの死体が積みあがっていく惨状を眺めることしかできなかった前世の再現だけは避けなければいけないというファルマの魔法が、奇跡を生んだ。
冷静に敵を見定め、すべきことをするファルマだからこそ迎えるハッピーエンドに拍手を送りたい。