工大生のメモ帳

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葉桜が来た夏5 オラトリオ 感想

【前:第四巻】【第一巻】【次:な し】
作品リスト

※ネタバレをしないように書いています。

※これまでのネタバレを含みます。

憎しみの連鎖

情報

作者:夏海公司

イラスト:森井しづき

ざっくりあらすじ

水無瀬の率いる〈水車小屋〉の暗躍により、アポストリと日本は一触即発の事態を迎える。いつ戦争が起きてもおかしくない中、南方学は行動を開始した。

感想などなど

政治家としてアポストリと人類が共存する基盤を作り上げた英雄(決して祭り上げられることはないが)、南方恵吾が死んだ。反アポストリ派の政治家がアポストリに殺された。

次々と起こる事件によって一気に潮流が変わっていく社会。人類とアポストリ、それぞれが相手に向ける不信感、反抗心が限界に達した時、日本が戦場になるだろうことは火を見るよりも明らかだった。

はっきりいって状況は最悪。何も知らない人々は〈水車小屋〉が作り出した戦争へと向かって行く波に乗って、ただ感情的に言葉を荒げる。それはアポストリも変わらない。茉莉花を殺そうとしたアポストリがいたことは記憶に新しい。

これはアポストリと人類という二つの構造で描かれる単純な構造ではない。人もアポストリもごっちゃになって、どちらともにいる悪い奴、強い奴、弱い奴がそれぞれの思惑を叶えるべく行動した結果起きた惨状である。

最終巻は水無瀬率いる〈水車小屋〉という分かりやすい黒幕がいる。おそらく水無瀬がいなくとも、このような事態は遅かれ早かれ起こっていたように感じる。戦争をしてはいけないという当たり前とも思えることは、社会という広い目で見たときに当たり前の発想ではないことに気付かされる。

さて、そんな社会と真っ向から勝負を挑むことになる学と葉桜の最後の活躍について見ていこう。

 

何度も言うように状況は最悪である。少しばかり、現状を打開する方法というものについて考えてみて欲しい……思いつくだろうか? ブログ主は残念ながら思いつかない。南方恵吾の息子である学の持つコネクションというものは、そこらの一般人では太刀打ちできないものではあるが、だからといってできることには限りがある。

しかし、そのコネクションというものを最大限生かすことで、少しずつでも状況を変えていくことになる。冒頭部、〈十字架〉の面々と従兄弟である星祭に協力を要請することで、〈十字架〉が武力を動員するまでの猶予を確保することに成功した。

その時間はおよそ七十二時間。

その時間内に、南方学は全ての引き金となっている『〈水車小屋〉の解体』をしなければならないことになった。難しいことに変わりはないが、はっきりとした目的ができただけでも、大きな進歩であると言えよう。

学と葉桜は、協力してくれる組織があるという東京へと向かった。

 

人は現状維持を好む。日本人の特徴だと言われているが、現状を変えようとする人は目立つので、海外はそういう人ばかりいるように見えているだけ、だと個人的には思っている。

本作に登場する人達も大差ない。『いやいや、戦争を起こしたがりの〈水車小屋〉や、星祭を利用しようとした灯龍など、現状を変えようとした人もいるじゃないか』という方もいるかもしれないが、逆に言えばそれしかいない。

人はその他大勢がいるのだ。そして、それらその他大勢は現状を変える気がないので表舞台に出てこない。なにせ出てくる気もないのだから。名前すら登場しないような上の人間が、会議会議会議会議会議……と繰り返した結果出した結論は『何もしない』。

戦争が起きたとしよう。たくさんの人が死ぬだろう。

戦争を止められなかったとしよう。止められなかった者への責任が追及され、たくさんの人が死ぬだろう。

どちらが良いか? 大抵の人は上を選ぶ。自分の身体が、皆可愛いのだ。

しかし学だけが違った。さすがは恵吾の息子である。覚悟も作戦も何もかもが人外じみてる。たった一人に言葉が、行動が、世界を変えていく様が描かれていく。

 

最悪の結末ではなく、最高の結末を想像して、本作は幕を閉じた。

素直に良い作品だったと思う。突っ込み所もない訳ではないが、第四巻まででに広げられた風呂敷――機械化された人、茉莉花のこと、父のこと、葉桜と学の関係性など――綺麗にまとめあげて終わらせてくれた。

難しいテーマに設定の物語の、最後の落とし所として良いラストだった。

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