※ネタバレをしないように書いています。
裏側にようこそ
情報
作者:宮澤伊織
イラスト:shirakaba
試し読み:裏世界ピクニック 4 裏世界夜行
ざっくりあらすじ
ネット上で怪異として語られるような存在が出現する裏世界。そこに入って探検する仁科鳥子と紙越空魚、二人の物語。
「あの牧場の件」「隣の部屋のパンドラ」「招きの湯」「裏世界夜行」
感想などなど
「あの牧場の件」
裏世界の影響で、他人を魅了して操ることができる声を入手した女子高生・潤間るみの立ち上げたカルト団体に、誘拐されてしまった空魚と小桜。目的は潤間冴月の情報。彼女らの犯罪行為は留まるところを知らず、冴月の所属していた研究機関〈一般社団法人 DS研究奨励協会〉に襲撃するにまで至った。
まぁ、汀さんが裏社会に生きる人間であったという過去を持ち、拷問を嗜んでいたことに救われた……そんな第三巻「ささやきボイスは自己責任」直後のお話。カルトにより滅茶苦茶になった惨状の後処理をしていく話である。
例えば。
潤間るみの声により洗脳された場合、空魚が見て鳥子が取れば、洗脳を解除することができる。そうして手軽に次々と、生き残ったカルトメンバーの洗脳を解いていく。それは救いということになるのだろうが、正気に戻った時の後悔と自責の念は想像を絶する。中には洗脳によって家族を捨てた者、人を殺した者などもいるのだ。それらを受け入れるだけの心が彼らにあるかは定かではない。
例えば。
カルト達は裏世界とのゲートを開くために、ネット上で語られる怪異を再現していた。その怪異というのが、山の上に作られた奇妙な建物に入り込んだ体験レポート、通称〈山の牧場〉である。
牧場のような作りでありながら、牛車に牛は一頭もいない。人もいない。それなのにトイレがとても多く、階段がないために無理やり上った二階スペースには、無数の御札が張られ、人形が散乱し、ペンキで書きなぐられた「たすけて」という文字が書かれている……という簡単にまとめるとこんな感じだ。
それを実際に作ったことにより、実際に裏世界へとつながるゲートは作られた。そんなゲートの状況や数を把握するために、空魚と鳥子含めた調査隊が編成され、調査に乗り出すこととなる。
例えば。
裏世界と接触し過ぎた者は、空魚と同じように人ならざる力を得る。いわゆる第四種と呼ばれる存在だ。その中でも理性を失ってしまうほどに浸食をうけた者は、化け物と差異ない存在となってしまう。その化け物がまだ〈山の牧場〉内には残っているはずなのだ。
〈山の牧場〉を調査するとなれば、そんな奴らとの戦闘は避けられない。あまりに殺し過ぎると言われて、カルトメンバーにすら恐れられていた第四種とは一体……いやな想像ばかりが脳裏を過ぎっていく。
「隣の部屋のパンドラ」
現代社会において――例えアパートの隣の部屋の人だとしても――隣人との関係性は希薄であることが多い。顔は何となく知っているけれど、その他個人情報に関する部分は知らないことの多いくらいだろう。空魚もそんな感じの隣人付き合いである。むしろ警戒心や嫌悪感を抱くと言っていい。
だが、そんな隣人を意識せざるを得ない状況が訪れる。
たまたま顔を合わせた隣の部屋の人の、手首から先が平べったかったのだ。ペラペラで、黒っぽい金属の感じすらある。そう、まるで人ではないかのように。
……空魚は裏世界の影響を考慮する。そして、その疑惑を払拭するためにも、壁に耳を当て隣の部屋の音を聞こうとすると、人の言葉でありながら、意味の通らない声が聞こえてきたのだ。
気味が悪いと感じた空魚。後輩である茜理の家に泊まったり、小桜の家に泊まったりと、何とか家に帰らないように模索するが、その泊まった家にまで裏世界の影響は反映された。あまり人に迷惑をかける訳にはいかない……が、泊まりに行くのは悪い。
ということで折衷案として、鳥子と共に空魚の部屋に二人で泊まることになった。ただでさえ濃かった百合の濃度がさらに増していく。互いにべた惚れ同士の二人、夜に何も起こらないはずもなく、あわただしい夜を過ごすこととなったことは言うまでもない。
「招きの湯」
小桜が株主優待でもらったという〈全国温泉旅行ペア宿泊券〉を使って、鳥子と空魚……と小桜の三人で温泉旅行に行くお話。ちなみにペア券なのに三人で行くことになったのには理由がある。
当初、小桜は空魚と鳥子の二人に温泉旅行に行ってはどうか? ということで券を渡した。しかし、一線を越えられないカップルみたいに二人きりが怖い二人は、どうにかして小桜も連れて行こうと説得の限りを尽くして小桜も巻き込んだ、という顛末である。
さて、問題の怪異であるが、正直あまり印象に残っていない。
小鳥と空魚、二人で温泉に入った際、互いに裸を見せ合って、互いに体を褒め合って告白しあうという危うく一線を越えかけたシーンが強烈すぎたせいである。百合に挟まろうとする男に殺意が浮かぶように、二人の関係を邪魔する怪異を一発殴りたくなってくる。たまには空気を読んで欲しい。
「裏世界夜行」
第三巻「ヤマノケハイ」にて助けた市川夏妃に改造してもらったAP-1に乗り、長距離を移動しつつ、裏世界で一晩を過ごしてみようとする話。ここでは空魚の過去と対峙することとなる。
空魚の過去といえば、母親を亡くし、父と祖母がカルトに嵌ってしまい、拉致されそうになったり、泊まっていた漫画喫茶が燃やされたり、挙句の果てに父と祖母は山で死んでいたりと壮絶なものである。本人曰く、大した過去ではない。
だが、本人がいくら否定しようとも普通な過去とは言い難い。例え忘れたと言っても、ふと過去を想起させるような出来事が目の前で起これば、彼女は正気ではいられなくなってしまう。そんな心の隙間を、裏世界は巧みについてきた。
この状況から生き延びるためには、彼女が過去と向き合い、本当の意味で克服することが必要なのだ。あの時は一人だった彼女、しかし今は隣に鳥子がいる。第一巻の伏線も回収しつつ、これまでの積み重ねがあるからこそ立ち向かえた話だったと言えよう。