工大生のメモ帳

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キーリⅢ 惑星へ往く囚人たち 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

※これまでのネタバレを含みます。

好きになるために。

情報

作者:壁井ユカコ

イラスト:田上俊介

ざっくりあらすじ

船を降り、炭鉱の街で過ごすことにしたキーリとハーヴェイと兵長。キーリは初めてのバイト生活を楽しんでいたが、彼女の外出を狙うかのように上の階から落ちてくるフォーク。ハーヴェイは文句を言ってやろうと上の部屋へと向かう。

感想などなど

前回(キーリⅡ 砂の上の白い航跡 感想)は、砂の海を彷徨い終着点にて、もう会うこともないと思っていた、キーリの母に出会います。もう既に死んでいて、霊としてですが。終着点に沈んでいく母の霊が憑依していた人形……儚さと切なさのありながら、どこか綺麗に感じてしまったのは自分だけでしょうか。

これからも三人は旅を続けていきます。船を降りた一行が辿り付き、一時の宿として選んだのは寂れた炭鉱の街でした。

生活には当然のように金が必要ということで、近所の喫茶店のような店で働きます。食事を届けたりもしているようなので、食事処と言った方が正しい気もしますが、しかしケーキも作ってるし。その辺は読む人の受け取り次第ということにしておきます。

ハーヴェイと言えば、どうやら昔の知人に何かを依頼しているようです。

 

誕生日。一年に一度やって来る記念日であり、「一つ歳を取って成長した」ことを祝う日です。キーリの両親は死んでいて(今の段階では)、誕生日は分かりません。なので叔母に決められた日を誕生日としています。

彼女に友達も、無論家族もいません。つまりは、 ”今まで” ならば祝ってくれるような人がいないのです。それが今は違います。ハーヴェイと兵長の二人がいるのです。

冒頭の一文で「誕生日なんだけど……」とキーリは告げています。

当然祝って貰えると思っての言動でしょう。しかし、ここでハーヴェイの気持ちになって考えてみましょう。

ハーヴェイは<不死人>です。不老不死の体にとって一年は一瞬であり、歳を取るという感覚もありません。誕生日を百歩譲って覚えていたとしても、彼らにとっては何の意味もないのです。

誕生日を迎え歳をとるキーリと歳をとることのできないハーヴェイ。彼の心境は複雑です。それでも彼なりに答えようとするわけですが、今回は運が悪かったのと、考えが甘かった。

 

キーリが外に出る度に上の階から物が振ってくる。紙飛行機やガラス玉ならば、まだ悪戯として許容できなくもないでしょうが、フォークはちょっと看過できません。段々と落とされてくる物が殺意を帯びているように酷くなっていくことに、ハーヴェイは危機感を覚え、上の階の人に文句を言いに行きます。

しかし、上の階にいたのは人ではなく霊でした。

若くして死んだ少女とその家族が過ごしている部屋。少女は体が弱くて自分は外に出れないのに、元気よく外に飛び出しバイトに向かうキーリが許せないようでした。「外に出たい」と語り続けます。

キーリ「いや、もう死んでるから外に出られるよ」

当たり前だろ、と思われるかも知れませんが、幽霊にとっては当たり前の発想ではないのかもしれません。外に出てキーリと幽霊の少女は、街の外れの高台に向かいます。

その高台からの景色を眺めつつ、少女とキーリは言葉を交わします。

この街は好き?  別に。  私は好き。

キーリが何かを好きになることは、果たしてあるのでしょうか。

 

キーリはバイト先でもかなり良くして貰っています。人付き合いのない、あったとしてもキーリという素っ気ない人物相手なので、まっすぐな優しさを始めて体感します。

人に頼るということも、無償の優しさを向けて貰ったことがないことが見て取れます。ハーヴェイは相当世間から隔絶されたような人となりですが、キーリもそんなに負けていない気がします。

これまでの騒動は全てキーリとハーヴェイと兵長以外、敵ばかりのような話でした。仲間だと思っていても裏切られたり、助けて貰うにしてもこちらの情報は明かさず騙すような形だったり……。

初めての人の温かさはキーリにどう響いたのでしょう。

普通の日常シーンも、どこかもの悲しさが漂う世界観と、重たい設定。いつまでも使っていたくなるような魅力溢れる世界が、今回も広がっていました。

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