※ネタバレをしないように書いています。
鏡に答えはない
情報
作者:田中一行
試し読み:ジャンケットバンク 8
ざっくりあらすじ
伊藤吉兆に買い上げられた御手洗は、新たなギャンブラー・天堂弓彦をパートナーとしてゲームに挑むことになる。その初戦の相手は、あの真経津だった。ゲーム『ブルー・テンパランス』が始まる。
感想などなど
地下は地獄であった。
人権なんてない。ゲーム『ザ・ショートホープ』で落下していった者達は、死体すらもぞんざいに扱われ、葬式も行われないのだろう。御手洗もそのような結末を辿りかけていた。
しかし、抜群の記憶力と機転を生かし、黒幕を突き落としてまで勝ち上がった。死をエンターテインメントとして楽しむ富豪達に啖呵を切り、這い上がることを誓った。
結果、オークションにて3億3403万5200円で落札され、地下から脱出した御手洗。彼の買い手はなんと、伊藤班の班長・伊藤吉兆だった。そんなシーンで幕を閉じた第七巻、てっきり真経津か宇佐美主任が落札するものかと思っていた読者も多かったと思う。
彼の思惑は、おそらく御手洗のギャンブラー・真経津なのだろうが、既に担当権は(ただ同然で)宇佐美主任が買い取っており、そう簡単に事は運ばない。しかし、そんなことは分かっていたと言わんばかりの伊藤吉兆の余裕っぷりが腹立たしさすらある。こいつの鼻がへし折られるのが楽しみに思う。
ただ彼の思惑がはっきりとしない今、指示に従うしかない御手洗。言われるがままギャンブラー・天堂弓彦の担当となり、ゲーム『ブルー・テンパランス』に挑むことになる。
相手はあの真経津。御手洗が心酔し、死に様を見たいと懇願するあのギャンブラーである。
本作『ジャンケット・バンク』のゲームは正直言って、滅茶苦茶にややこしい。ゲームルールの仕様の穴を突くような方法で勝つ、これまでのゲームはそのような形での決着が多かった。
相手の思考を読むという心理戦もあるが、それは一種の超能力のようなもので察するといったものであって、読者の理解と想像を超えた領域である。人体を知り尽くしたから相手の心が読めるとか、絵を見るように相手の心情が読み取れるとか……まぁ、イカサマではない技術なので文句の付けようはないのだが。
要は何が言いたいかといえば、ルール説明では語られない裏の仕様が、どのゲームにも存在する。
今回のゲーム『ブルー・テンパランス』も例外ではない。
ルールは今回も滅茶苦茶にややこしいので、超ざっくりと説明すると、金貨を奪い合い、その奪った金貨を乗せることで天秤を傾けていく。自分の所持金貨を多くする、つまり重くしていくことで、相手の天秤の位置を高くする。天秤皿の高さに応じて、自分がいる部屋の気圧が変化していく。
つまり相手の皿を高くして、相手の部屋を低気圧にし、窒息死させれば勝ち。
毎回、ルールについてはかなりの字数を割いているが、今回ばかりは読んで欲しい。ラウンド数に応じて奪う金貨の枚数が変わったり、カードを配置する際に正位置/逆位置を選択することで、金貨の変動対象が変化したりと、何をどこまで説明したか分からなくなってくる。
正直なところ、やってみないと分からない。
しかも最初に書いたように、隠された仕様というものがこのゲームにも存在する。とあることをすると絶対に勝てたり、もしくは負けたりする、ゲームを決める一手というものが。
そしてその一手を御手洗は知っている。
ゲーム『ザ・ショートホープ』にて争うことになった朔京治は、御手洗がゲームをクリアした際に用意していた報酬として、自分が作ったゲームの詳細な仕様書を用意していたのだ。それを読み込んでいた御手洗は、ゲームの仕掛けも知っていたという訳だ。
そしてその情報は、迷いなく天堂に教える。真経津に気高く散って貰うために。
ギャンブラーというのはヤバい人種であるが、天堂という男は群を抜いてヤバい。神父のような格好で、児童虐待、殺人……といった同情しようがない罪を犯した屑達に断罪を加えることを生業としている様子は、一種の正義と言えなくもない。罪を絶対に許さない姿勢は見習うべきかもしれない。
そんな彼は自身を善人と評し、賭場での稼ぎは寄付と宣う。ちょっとヤバい香りがしてきたが、彼のヤバさを端的に教えてくれる台詞がある。
「神ってのはただの一人称だ」
この一言から見え方が一変するのが凄いところだ。そのヤバさが、彼の真経津を騙しきる強さの裏付けとなっているのも演出として憎い。