※ネタバレをしないように書いています。
いっそ蛙になれたら
情報
作者:萩埜まこと
試し読み:熱帯魚は雪に焦がれる 6
ざっくりあらすじ
県外への進学に不安を抱える小雪は、小夏の親友である楓にその心配を吐露する。そんな仲良しの関係になった二人を外から見ていた小雪は、心に抱えるモヤモヤを悟られないように二人と接するが――。
感想などなど
田舎から大学進学を機に、街を出る者は多い……気がする。
特にネットが発達し、全国の大学の情報を手軽に手に入れることができるようになった現代において、夢を叶えるために大学を選ぶことが楽になった。自分の学びたいことが学べる学部・学科を選択し、自身の経済状況や学力と相談することができるというのは喜ぶべきことである。
小雪はそうして考えた最善が、県外の大学だった。
たった一人、誰も知らないような場所に出て行くことは不安だろう。県外ということは必然的に一人暮らしになって、心許せる両親はいない。当然ながら、高校で数少ない自分の居場所になってくれた小夏もいない。
その不安を吐き出せず心に溜め続けた彼女が、最後の最後のギリギリで相談相手に選んだのは、小夏ではなく小夏の友達・楓であった。「何故そこで小夏じゃない⁉」と驚いた読者はブログ主だけではないだろう。
まぁ、そういう流れになるフラグは立っていた。小雪の弟は楓に淡い恋心を抱いているし、冬休みの宿題を教えるくらいの仲にはなっていたし、最終的には二人して枕投げしてるし、何故か(かつてバレー部だった)母親も乱入してみんなで枕投げをし出す始末。もうこれって家族公認のカップルじゃん、小夏ですらしてないのに。
この辺りから楓視点も織り交ぜられ、小夏と小雪の物語が展開されていく。
かつては楓から見ても接しにくかった先輩が、小夏との出会いで少しずつ変わっていたことが、小学生の頃から先輩を知っている楓だからこそ良く分かった。だからこそ、彼女が読者の言いたいことを代弁してくれた。
「相談する相手 絶対間違えてますよ‼」という楓の心の声に、激しく同意したい。ただ先輩が相談してくれた内容を、小夏に伝えるのも違う気がしていた。この板挟みが心苦しい。
そんな楓と小雪の葛藤が中心だった第五巻に対し、この第六巻は、楓と先輩が仲良くしている様子を見て心にモヤモヤを抱え、どんどん変わっていく先輩に対する寂しさを募らせる内容となっている。
水族館部は小夏と小雪だけの居場所だ。ここに足を踏み込んでくる者はいない。
その理由は小雪と接するというハードルの高さだ。一緒に過ごすというだけで、小雪という人間は周囲にプレッシャーを与える。彼女と比べてしまって自分の精神をむしばんでしまうのか、はたまた緊張してしまうのか。人それぞれ理由はあるにせよ、彼女とのコミュニケーションに心理的障壁を抱えてしまっている。
その障壁がなく、彼女と接することができる唯一の存在が、小夏だった。そもそも彼女の学校での扱われ方や、出会い方が水族館部に足を運んだ際に話しかけて貰ったという形だったのも幸いしたのかもしれない。学年も違う二人が、距離感を縮め互いに互いのことを居場所だと認識するようになったのは、ある意味、事故のような偶然が重なった末だと思う。
その居場所が壊れそうになった。
壊れそうになった……という表現だと、何か悪いことが起きてしまったようなニュアンスを含んでしまう気がする。決してそういう訳ではない。小雪は何か悩みを抱えた時、それを相談する相手として小夏だけではなく楓という選択肢もできた。彼女にとっての居場所は、小夏だけではなくなった。
徐々に環境が、小雪の心境が変化していた。
それなのに小夏は何も変わっていない。彼女の孤独を埋めてくれる居場所は、まだ先輩との水族館部しかないというのに。いつだったか小雪は蛙の人形を買って、小夏に渡そうとしていた。結局それは小夏の手に渡ることはなく、小雪先輩の部屋に飾られたままだ。
まるで小雪の方が蛙とでもいいたげに。
いつの間にか、山椒魚の立場が入れ替わっていたのだ。
この作品は心理描写がしっかりと説明されていく。小説『山椒魚』をモチーフにしているだけあって、そういう文学的な言い回しや引用が多い。「わたしたちは孤独でつながっている――」などは二人の関係を端的に表しているのではないだろうか。
岩屋から解放されるべきは、解放するために動くべきはどちらか。考えさせられる内容だった。