工大生のメモ帳

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青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない 感想

【前:第八巻】【第一巻】【次:第十巻】

※ネタバレをしないように書いています。

※これまでのネタバレを含みます。

全員を救いたい。

情報

作者:鴨志田一

イラスト:溝口ケージ

ざっくりあらすじ 

母が『花楓』に会いたいと言ってきた。不安を覚える咲太、「会いたい」と口では言いながらも緊張を隠しきれていない『花楓』、これまで離ればなれだった家族が一緒になろうという時に、思春期症候群が発症する。

感想などなど

家族での生活が、個人の性格や人格など多くのものを決定すると思う。どんなに否定しようとも、親から全く影響を受けずに育つことなんて無理だろう。親にとっての常識が、子供にとっての常識になる。

では、梓川家ではどうか?

父親と咲太の会話は度々描かれている。咲太と花楓については書くまでもないだろう。しかし、母親は一切登場してこない。ライトノベルでは頻繁に両親の存在が省かれているが、本作もそれを踏襲しているのだろうか。

なんてことはなく(読み返すとちゃんと説明されてました)、妹が虐められたことによる責任を感じ、精神を病み、病院に入退院を繰り返していたようだ。そのために家を出て父親の社員寮で父と共に生活しているという。

……虐められた原因は母親ではない。虐めた奴らが百悪い。虐められる側にも責任があるという人は、他人の気持ちを理解できないサイコパスか、他人を無意識に虐めているかのどちらかだと思う。

しかし、母親は逃げ出した(こういう言い方はしたくないが、咲太の心情的にはこう言うべきだろう)。虐めによって思春期症候群を発症していた『花楓』にとって、一番側にいて欲しかったのは母だったと思う。咲太が母の代わりに家事を全てこなし、お金を稼ぐためにバイトをする必要もなかった。

何度も言うが、虐めた奴らが悪い。虐めこそが、家庭の壊れてしまった原因であるものの、その状況を打破できるのは周囲の人間だけだ。『花楓』を救うことができたのは、周囲の人間だけだった。

長い時間がかかった。かなりの遠回りだったものの、『花楓』は救われ、家の外へと歩みを進めることができるようになった。これが前回までのお話である。

虐めという十人十色の考えが存在する問題を取り上げ、今回も同様に家族の問題を取り上げている。

 

ランドセルを背負った麻衣先輩(幼女版)が登場したりするが、その話は置いておこう(説明しようにもブログ主が理解できていない)。本筋としては精神を病んだ母親と失っていた家庭を取り戻そうとする話だ。あくまで今回は、可愛らしいランドセルガールは舞台装置の一つに過ぎない。

咲太にとって、待ちに待った瞬間と言えよう。これまで『花楓』から距離を取り続けた母親が、「花楓に会いたい」と自ら言い出したのだ。

『花楓』が虐めのトラウマを乗り越え、家族としての関係性を取り戻そうとしている……家族としての幸せを掴もうとしている。状況としては幸せの連続だ。

……いや、少しばかり上手く行き過ぎではなかろうか。ラノベ共々、数多くの物語を読んでいると、幸せな時間は不幸に突き落とすための布石に見えてならない。そして、その予感は的中する。

青春症候群が再び牙を向くのだ。今回の症状は第一作「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」と同じである。なんと咲太の姿が誰からも見えなくなるのだ。

授業中に大声張り上げようが、勝手に外に出ていこうが、上半身裸になろうが、誰一人として咲太の姿を見る者はおらず、むなしい時間が過ぎていく。

青春症候群は心の状況が症状として現れる。「姉と比べられることによるコンプレックス」が姉との入れ替わりだったり、「常に視線に晒されることが嫌になった」ならば姿が誰からも見えなくなる。

では、咲太は一体どうして精神を病んだのだろうか。一体なにが、彼にとっての心の傷となってしまったのか。家族としての幸せを取り戻そうとしている矢先に。

物語は大きな急展開を見せる。ここで第一章完といったところだろうか。どうやら物語としての完結は当分さきになりそうだ。

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