工大生のメモ帳

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なれる!SE12 アーリー?リタイアメント 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

※これまでのネタバレを含みます。

引き継ぎは綿密に

情報

作者:夏海公司

イラスト:Ixy

ざっくりあらすじ

世界でも有数の車会社であるミカサ自動車の案件を請け負うことになったスルガシステムSE部。決算など控えた繁茂期ではあったが、何とか依頼をこなそうと懸命に働く工兵。しかし上司である立華が退職するという話が飛び出し……

感想などなど

仕事を辞めるということは、別に悪いことではない。身体的、心理的に仕事を続けることがキツいというのであれば辞めるべきだろう。まぁ、貯金や頼れる身内など金銭的問題は付きまとうことになるが、よほど悪い辞め方をしない限りすぐに解決する問題である。

しかし、そうは理屈で分かっていても辞めづらさがあることは否定できない。

その理由の一つは『辞めることで発生する会社への迷惑』ではなかろうか。誰か一人が辞めることにより、これまで従事していた業務に穴ができることになり、そこを埋めるために損をする人が出てくることになる。

まぁ、普通の会社であれば、誰かが不測の事態に陥った場合に備えているものだろう。誰か一人に依存した業務体制というものは、いずれその会社を滅ぼすことになる。最悪の事態を想定しておくということは、リスクマネジメントの観点からしてみれば当然のことだ。

さて、ブラック企業の代名詞とも呼ぶべきスルガシステムの業務体制を見てみよう。

これまでのSE部の仕事の大半は、室見立華という化け物エンジニアがこなしているということは素人が見ても分かることだ。桜坂工兵という有能すぎる新人が育っていることは事実だが、室見立華の持つエンジニアとしての才までは流石に持ち合わせていない。

彼女の持つ知識と技能、それらを駆使して困難とも思える案件にも最善の手を打ち続ける様は尊敬に値する。人として難あり、と語られることの多い彼女ではあるが、エンジニアとしてはまず間違いなく天才である。

そして想像して欲しい。彼女がいなくなったスルガシステムSE部というものを。

さらに想像を膨らませて欲しい。今抱えている案件を、彼女の力を使わずしてこなすという地獄を。

 

長々と書いてきたが、そんな地獄が本作では描かれていく。OS部から助っ人としてきてくれる梢さんも優秀ではあるが、OS部としての業務を抱えつつというのは元より無理がある。優秀とはいえ、SEとしての力は立華の方が上であるということは覆らない。

しかも抱えている業務というのがこれまた厄介で、相手の会社は世間で知らぬ人はいないという大手自動車メーカーだった。仕事の内容は、新プロジェクト立ち上げに際したネットワーク構築その他諸々。『その他諸々』というのがポイントである。

どうにも大手メーカーというのは横暴であるらしい。どんな人でも人の上に立ってしまうと性格が変わってしまうというが、それと同じ類いの現象だろうか。弱小ベンチャーであれば、細々とした仕様変更や追加業務の雨あられ程度、受け答えなければいけないでしょ? という無言の圧力をひしひしと感じる。

最初と話が違うというのは当たり前。こちらの無理という言葉は、頑張りが足りないという言葉で一蹴。お金はこれ以上払えない、こっちも大変なんです、という感情に訴えかけてくる言い訳。

あぁ、書いてるだけで嫌になってくる。

 

いい加減、室見立華が退職することになる話に言及したい。といってもここが話としての肝であり、その理由を説明することは大きなネタバレになってしまう。これまで室見立華の生い立ちや過去に関してはあまり描かれていなかったが、この第十二巻にて一気に説明がなされていくのだ。

そのエピソードというのが、かなりシリアスである。室見立華という若き天才エンジニアが生まれるためには、十分過ぎるほどの過去というものが用意されていた。

室見を七隈と呼ぶ女子高生の出現、後見人を名乗る陣兄と呼ばれる男の登場、業務中に関わらず何度もかかってくる電話、室見立華の住むとされる何もないマンション、これまで大手企業にも勤めていたという過去、そして今スルガシステムにいる理由……これまで明かされてこなかった謎が繋がっていく。

……まぁ、辞めるには十分過ぎる理由だけど、引き継ぎはお願いしますね……残された者が死んじゃうから……うぅ……。

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