※ネタバレをしないように書いています。
魔王(演技)
情報
作者:むらさきゆきや
イラスト:鶴崎貴大
試し読み:異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術 (11)
ざっくりあらすじ
いよいよ王宮へと入り、王と謁見することになったディアブロ。いつも通りの魔王口調で周囲をヒヤヒヤさせるが、王に冒険者として認められ公的な依頼を受けることに。その場所がシエラの故郷の近くで――。
感想などなど
異世界から来た魔王ということになっている引き籠もりゲーマーは、これまで数々の功績を残してきた。その言動と容姿が、それらを幾らか帳消しにしてしまっているような気もするが、本人としてはそれほど気にしていないようだ。名誉よりも平穏を求めているといったところか。
しかし、魔王討伐、魔物の軍勢討伐といった功績を挙げた元素魔術師がいるという情報が王の耳に入らないはずがない。「魔王を名乗っている」「角がある」「元素魔術師」といった嘘っぽい要素がこれほどまでに散りばめられていれば、王でなくとも確認したいという欲求がわき上がるのも無理はない。
王との謁見イベントはいずれ起きるものだった。それがこの第十一巻で発生する。
国王というのは大抵の作品で、固い形式に囚われて凝り固まった狭い思考しかできない輩か、その逆に柔軟に思考できる輩の対極のいずれかであることが多い。前者は大抵、悪人は栄えるを体現し、後者は良い人から死んでいくメタ的要素を踏襲していることが多いように感じる。
さて、本作はどちらか?
結論から言うと、魔王と名乗るディアブロを国王は受け入れた。魔王のロールプレイング台詞に対しても豪快に笑って返し、『南方で人族を襲っている獣人族の討伐』クエストを依頼し、敵意のないことを示せと宣う。
もしややり手か、この王子。
という訳で南方新地カリュティアへと向かうディアブロ一行。そこは野獣が攻め落とした人族の砦があり、かつ獣人の住み処でもあり、そしてレムの故郷でもあった。
獣人というからには人ではなかろうか。何故に人族と争うのか……と思われるかもしれない。しかしながら獣人には人権というものが認められていない。
何故なら彼らは人語が話せない。話していると思っても「バウバウ」と吠えているようにしか聞こえないというのだ。ディアブロ一行と獣人のコボルととの出会いは、森に生えていた赤い実を食べようとしているところを射貫かれるという最悪なものであった。
休憩中のところをいきなり矢で狙われれば、そのコボルとはこちらに対して敵意を抱いていると思うのが当然の流れだ。何か対話をしようにも「バウバウ」としか聞こえないとなれば無駄に終わる。普通ならばここでコボルと争うことになるであろう。
しかし今はディアブロがいた。
理屈は分からないが、ディアブロは獣人の言葉の意味が分かるというのだ。普通に獣人の言っている言葉を聞き、食べようとしていた実に毒があることを聞かされ、食べようとするのを止めるために矢を放ったという彼女。言葉の意味が分かって貰えない相手に対して、食べるのを止める手段は矢を放つ以外になかったのであろう。
そして討伐対象である獣人がいる村へと案内され、向かって行くディアブロ。
ゲームの討伐対象であれば、相手の事情や家庭など何も考えずに討伐することができる。やはりそれはゲームだからと言わざるを得ない。画面の向こうでプログラムされたデータが倒されるに過ぎないからだ。
しかし、ここは現実。殺せば死ぬ、死ねばいなくなるという当たり前の世界が広がっている。人族に追われ、住み処を失いつつあった獣人達の事情を知ったディアブロは決意を固めるのであった。
差別は長い歴史によって作られた潜在意識、それと戦うというのは魔法でどうにかできるような簡単なものではない。獣人の言葉を解するのはディアブロだけというのも、状況としては最悪だ。
それに、もしもこのまま獣人の暴走を放っておくとすると、シェラの故郷の侵略を見て見ぬ振りをするということになる。どこまでも詰んだ状況だ。
そんなことディアブロだって分かっている。魔王として守るべきものは全て守ってくれ。
世界の広さとリアルさを痛感した第十一巻であった。