工大生のメモ帳

読書感想その他もろもろ

悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました4 感想

【前:第三巻】【第一巻】【次:第五巻

※ネタバレをしないように書いています。

ラスボス飼ってみた

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作者:永瀬さらさ

イラスト:紫真依

試し読み:悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました 4

ざっくりあらすじ

外交のために、永世中立をうたう神聖ハウゼル女王国へと向かうための船に乗り込んだアイリーン。しかし、その航海の途中で拉致され、聖王・が治める『聖と魔と乙女のレガリア3』の舞台・アシュメイル王国に連れて行かれてしまう。その国内では聖なる力の影響で、魔力が通じないらしく――。

感想などなど

『聖と魔と乙女のレガリア』の主人公・リリアとの因縁に終止符を打ち、全てを終わらせた第三巻。魔王・クロードの記憶が失われた時はどうしようかと思ったが、それすらも利用して、最後の最後はハッピーエンドを迎えることができた。

リリアはセドリックと共に罪を背負うこととなり、黒幕だった母親は、父親と共に追放され、このままいけばクロードが皇帝となる道が確約された。魔王が人類が治める国の王となると書くと、他国からしてみれば不穏で安心できないが、その裏にある物語の全てを知っている読者からしてみれば、これはハッピーエンド以外の何物でもない。

初夜は失敗に終わったが、二人らしいといえば二人らしい。跡継ぎ問題で頭を悩ませることは、かなーーーーり先のことになりそうだ。

さて、国のトップになったからには、国の外に目を向ける必要が出てきた。

魔王が人の上に立ったという事実を客観的に見た時、諸外国が「ヤベー」と感想を抱いてしまうのは仕方のないことである。戦争になったとして、魔物を使役できる魔王が圧倒的に有利であることは明らかであるからだ。例えば、この世界には竜という存在がおり、そいつに指示を出されたら国は滅びる。

改めて思うが、クロードという魔王はヤバいのだ。

そんな魔王が実権を握った直後、永世中立をうたう神聖ハウゼル女王国から国への招待状がやって来た。女王国という名前が示す通り女王が治めている。それ以外の大きな特徴としては、永世中立国であり絶対に戦争をしないと宣言しているということ、そして、男子禁制ということが上げられる。

永世中立国をうたっているため、もしもこの国に宣戦布告して攻めるようなことがあれば、諸外国に責め立てられ、世界から孤立することは確定的である。また、男子禁制であるため、クロードのような男は立ち入ることが許されない。

要は最強の魔王であるクロードではなく、その妻アイリーンがこっちに来い。どのような経緯で魔王が国王になったのか、戦争をする気はあるのか。安全は保証されているのか……などなど諸外国が気になっているだろう問題を深掘りして、最終的に永世中立国であるハウゼル女王国が判断してあげましょう、という訳だ。

実際にクロードは戦争する気はさらさらないし、これから外交を進めていくためにアイリーンが向かうこととなった。心配で仕方がないクロードだが、アイリーンは自信満々といった様子で船に乗り込んだ。

その船が神聖ハウゼル女王国に辿り着かないなど、誰に想像できようか。

 

結論から言うと、アイリーン達(リリア、セレナ、レイチェルも同行している)は、アシュメイル王国に拉致された。そしてアイリーンは、国王であるバアルに妃にされてしまう。

嫌な未来予想図が脳裏をよぎった方は、クロード様のことをよく理解できている。分からないという方は、初夜でお預けを食らったクロード様の心境を想像して欲しい。クロードの感情に応じて変わる天候がどうなってしまうのか想像して欲しい。

アイリーンの胸中は穏やかではない。リリアは楽しそうに笑っているのが、これまた怖い。

その笑顔には理由がある。彼女達が拉致されたアシュメイル王国は、『聖と魔と乙女のレガリア3』の舞台なのだ。

ストーリーとしては下記の通り。

『神剣を授かった神の娘が魔竜を倒し、神剣から湧き出る水で砂漠の中に国が出来た』という神話が残るアシュメイル王国にて、魔竜が解き放たれ人に取り憑き、国を滅ぼそうと動き出す。それを止めるべく、ヒロイン・サーラが神剣を復活させて、魔竜を倒す。そしてヒーローと結ばれてハッピーエンドだ。

なんと分かりやすいストーリー……と言いたいところだが、実際はもっと複雑怪奇な設定にストーリーとなっている。この第四巻のストーリーもそんな原作を上回るややこしさになっており、時間を空けて読んでしまったブログ主は、黒幕らしき人間が現れた際「誰だこいつ」となってしまい、読み返すこととなってしまった。

注意されたし。

 

この第四巻の面白さは、アイリーンの男垂らしが遺憾なく発揮されるところにある。ゲームにおける最悪を避けるため、聖王・バアルを攻略しようとするアイリーン。「実際はその必要なないのでは?」となった後にも、無意識に攻略していく様は恐ろしい。

そんな彼女の危機を察したクロードの行動は、冷静であるべき皇帝らしからぬ無鉄砲さと動機に満ちている。彼もまたアイリーンという一人の男垂らしに狂わされた、悲しき男というべきかもしれない。

そんな被害者男性が増えることになる第四巻。読み応えのある第四巻であった。

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バカが全裸でやってくる 感想

【前:な し】【第一巻】【次:第二巻】
作品リスト

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恋と妄想

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作者:入間人間

試し読み:バカが全裸でやってくる

ざっくりあらすじ

小説家になる夢を叶えるために書き続ける小説バカ。才能がないと言われながらも書き続けたが、その才能のタネが開花する兆しは見えない。小説家になった者も、書けなくなった者も。それぞれの小説家が生きている現実の方が、遙かに面白い。そんな小説家達の物語。

感想などなど

本作は数々の『小説バカ』達の小説よりも面白い数奇な体験を綴った群像劇である。本作自体が小説ではないか、というメタ的な突っ込みは捨て置いて、それぞれ小説家になろうと足掻く者、すでに小説家として名をはせた者、小説家として死んだ者、書くことができなくなった者……など数々の小説家が登場する。

例えば。

第一章『バカが全裸でやってくる』では、趣味で小説を書いているが小説家になる才能はないと諦めていた者が、飲み会に乱入してきた全裸男に諭されて、小説家になるために本気になる話である。

小説家になりたいと願って、どれほどの年月を費やす必要があるのか?

どれくらい書き続ければ才能はないと判断できるのか、小説家を志す者にとって喉から手が出るくらいに欲しい指標であろう。とりあえずネットに投稿してみて、誰にも見向きもされない(ブログ主含めた)素人諸君にとって、この作品は心にぶっささる。

それはもう痛いくらいに。

たとえ全裸の男だったとしても、「お前、小説家になれると思うぜ」と言われ、そこから小説家になるための計画を立て、協力してくれる男をどうして嫌いになれよう。心の奥底にあった「小説家になりたい」という夢を捨て去ることがどうしてできよう。

その男の足掻きが赤裸々に列挙されていく第一章。導入としては十分である。

 

第一巻には、この男の辿る末路は描かれていない。書き上げた小説が賞を取ったのか、はたまた落選し夢を諦め社会人として生きていくことになったのか。第二章、第三章と読み進めていくにつれ、本当の主人公は、全裸男だったのではという疑念が、ふつふつと湧き上がってくる。

第二章は小説家としてそこそこ有名になったが、あとがきの内容で炎上していらい筆を置いていた作家が、再び書き始めるまでの物語だ。彼の一人称で展開され、心の中はやさぐれ、ひねた思考はさらに捻くれていく。

しかし、とある少年の読書感想文によって奮起することとなる。彼に必要だったのは、たったそれだけの一押しだったが、その一押しが貰える人間は、そうそういない。誰かに読んで貰えて、言葉を投げかけて貰えることも一つの才能なのではと思う。

第三章は車に轢かれて幽霊となり、それでも小説を書き続ける小説家の話だ。彼女表には一切表に出てこずに――というよりは物理的に出られない姿であるために、覆面作家という形で無心に小説を書き続けていた。

彼女の切ない生き様が、どうにも愛しい。

第四章は知り合いの子供に、夏休みの宿題である読書感想文を書くことを手伝って欲しいと依頼され、イヤイヤながら家に行き、感想文の題材として少年が選んだ小説を読破するという話だ。

事実を淡々と列挙すると、くっそつまらない小説があるが、この第四章は正しくそれだ。小説の中で小説の感想を書いているという劇中劇と言って良いのか分からない構造が完成している。

しかし、これまでの物語を思い浮かべてみると……「あぁ!」という気づきがある。

 

第五章は読んで確認して欲しい。本作における全ての始まりであり終わりともいうべき、集大成の物語となっている。群像劇の醍醐味は、それぞれの視点が交錯し繋がっていくことで感じられる感動だ。

「バカが全裸でやってくる」というタイトル回収は第一章で終わっている。しかし、バカという言葉に込められた揶揄や、言葉の外に込めたかった感情は、全裸である必要性や意味が分かるのは、この第五章である。

個人的に心に刺さる作品であった。

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作品リスト

ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する1 感想

【前:な し】【第一巻】【次:第二巻

※ネタバレをしないように書いています。

これまでのループを無駄にはしない

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作者:雨川透子

イラスト:八美☆わん

試し読み:ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する 1

ざっくりあらすじ

婚約破棄を言い渡され、20歳で死ぬまでの期間を繰り返して7回目。商人や薬師、騎士として波乱の人生を過ごしてきたこれまでの反省を生かし、次こそは長生きしてダラダラと生きたいリーシェであったが、別のループで自分を殺した皇太子アルノルトに求婚されてしまう。

感想などなど

婚約破棄。

その字面が表す通り、婚約という契約を一方的に破棄され、大抵の場合は家を追い出される。婚約をゴールインと勘違いした輩の横暴な行動で嫌われたり、どこぞの黒幕が仕掛けたトラップであったり、婚約破棄イベントが発生する原因は多岐にわたる。

本作の場合、どうやら「令嬢としての陰湿さ」と「黒幕の存在」の両方であるらしい。

悪役令嬢・リーシェは、王太子・ディートリヒと婚約を結んでいた。自分の存在価値は王太子の婚約者であるという令嬢に良くある価値観を抱き、その立場に固執していた。そんな彼女の前に現れたのが、リーシェに自分は虐められたという嘘を広めつつ、王太子との関係性を深め、二人を婚約破棄まで誘導した黒幕・マリーである。

彼女は貧しい家庭で育ち、守るべき弟達の生活を守るために、死に物狂いで学院に入学し、婚約相手を探した。そこで目を付けたのが、ディートリヒだった。だからといって虐められたという話をでっち上げ、婚約破棄させるというのは倫理観的にどうかと思うが、渦中に居るリーシェはあまり気にしていない。

なにせこのディートリヒ、一年後には王への無謀なクーデターを企てて、あっさりと露見。王太子としての地位を失って幽閉されることとなる。むしろ「こんな人と結婚する人生を送らなくてよかった」と胸をなで下ろすレベルだ。

さて、リーシェは何故そのような未来のことを知っているのか?

タイトルにもある通り、リーシェはこれまで6回も同じことを経験しているのである。

 

6回もループしていれば、未来のことはある程度分かる。そしてそれぞれの人生で、商人や薬師、騎士としてそれなりの地位を築き、それなりの人生を歩んでいる。ただし、どれも20歳という若さで死ぬという末路であるが。

例えば。

6回目のループでは、とある島国の騎士団に所属し、血反吐を吐くような訓練を経て一人前の騎士となった。そんな彼女のいた国は、皇帝アルノルトが率いるガルクハイン国軍の襲撃を受け、戦場に赴いたリーシェは皇帝に殺される。20歳という若さである。

どのループにおいても、死に方は違えど死ぬ時期は同じであった。若い内に死に、余生を謳歌する暇はなかった。今度こそは長生きしたい、と婚約破棄されて早々に屋敷を飛び出していくリーシェは、婚約破棄慣れしているとしか言い様がない。

そんな彼女は逃走の最中で、皇太子アルノルトとぶつかってしまう。これはアレだ。朝食の食パンを咥えて「ちこく、ちこく~」と走っていたら、道の曲がり角でイケメンとぶつかってしまうテンプレ展開だ(?)。

そして彼に見初められ、結婚しないかとプロポーズを受けてしまう。

先ほども書いたが、直前のループでリーシェはこの男に殺されている。それに皇帝アルノルトは、戦争を勃発させる張本人であり、無茶な侵略を諫めようとした臣下の首をはねた暴君として知られていた人間である。

現時点ではそのような面影はないが、いずれその裏が顔を出し、戦争を引き起こそうとすることは目に見えていた。婚約破棄されたその日にプロポーズされ、それを振るという何かをコンプリートしそうな展開とテンポの良さには驚かされる。

もしやこれはギャグか?

いや、これはミステリーと呼ぶべきではないだろうか?

 

この作品が本領を発揮するのは、『皇帝アルノルトが戦争を引き起こす理由を知りたい』という想いがふつふつとわき上がり、彼と結婚することを選んだリーシェが、妃として奮闘し始めてからである。

そして、次々と出てくる皇帝の置かれた危険な事件に怪しげな闇。これまでの6回のループで培われた知識と技術と経験を持ったリーシェでなければ、メンタルが壊れ、二回くらいは死んでいる。

ただ知れば知るほどに、皇帝アルノルトが戦争を起こした理由は分からない。彼ならば、戦争などせずとも上手くやっただろうに。リーシェに負けず劣らず優秀な彼ですら、戦争をしなければならなくなる事態が起きるということなのだろうか。

先が気になる第一巻、満足度の高い内容であった。

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お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件2 感想

【前:第一巻】【第一巻】【次:第三巻】

※ネタバレをしないように書いています。

駄目人間ですが何か?

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作者:佐伯さん

イラスト:和武はざの

試し読み:お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件 2

ざっくりあらすじ

マンションで一人暮らしする藤宮周の隣には、学校で天使様と呼ばれる学校一の美少女・椎名真昼が住んでいる。いつしか毎日の食事を彼女が作ってくれるようになり、クリスマスや年末年始も一緒に過ごすようになったが、真昼の母親がマンションにやって来て……。

感想などなど

プレゼントを渡し、両親との顔合わせは済ませ、クリスマスを一緒にゲームをして過ごした。第一巻でもはや関係性としてはゴールインを果たしたといっても過言ではないのではないだろうか。

おそらく大半の人が想像する範囲内のいちゃいちゃを、第二巻でも継続していくこととなる。

例えば。

二人の年末年始は、天使様が作りし重箱に詰められたお節を食べた。初詣では、イケメン化した周と天使が並んでいる。ちなみに駄目人間となってしまった周は、ちゃんと身嗜みを整えればイケメンという設定である。女性もメイクをすれば化けるし、男もそれなりにすれば化けるということなのだろう。

第一巻時点で両親との顔合わせは済ませているが、第二巻では両親と天使様の仲が深まっていく。これが逃げられないように周囲の堀が埋められている状態なのだろうか。そのまえに胃袋が掴まれているわけだが。

そんな天使様の体調不良イベントを乗り越え、年末年始が終わり、次に来るラブコメ定番イベントといえば……そう、バレンタインである。もてない男は幾度となく煮え湯を飲まされたものだ。

ちなみに容姿を整えればイケメンという事実が周囲にバレていない周は、お世辞にもモテるとは言い難いらしい。挿絵など見る限り、整えずともイケメンな気がするが。この世界の女子は男に対して求めるレベルが高すぎるのでは? 自分だったらゴブリンと勘違いされて殺されるのでは? という疑念は捨て置こう。

そこからホワイトデーへとテンポよく物語は進んでいく。

 

この作品の特徴に、物語のテンポの良さを上げたい。他のラブコメではバレンタインデーだけで十万字、つまりは一冊を費やすことは珍しくない。年末年始だってそうだ。何かしらの問題が起きて、その解決にうんぬんかんぬん……あなたの脳裏に思い浮かぶ作品があるはずだ。

本作はそれぞれのイベントごとに対し、短編が一つ、多くても三つという構成で時系列が進んでいく。その間、特に目立った問題が起こるということもない。まぁ、両親の乱入や、プレゼントで悩むことを問題と言いたいならそうかもしれないが、自分の認識では、それらは幸せだからこそ起こる可愛い悩みだ。

そのテンポの良さにより、この第二巻は年末年始に始まり、春休みまで時間が一気に進む。アニメ化しやすそう、という適当なメタ的感想は置いておくとして、最後の最後で爆弾を投下された。

天使様・椎名真昼の心の闇――第一巻の冒頭で、彼女が雨に濡れていた理由である。

 

両親のもとを離れ、一人暮らしをするという状況がそもそも異常である。

彼女が家族との良好な関係を羨ましそうにしていた描写は、何度か登場していた。彼女が抱えている闇というのは、そういった家族間の問題だろうとは察しがつく。年末年始は家に帰らず、周と一緒に過ごすことを選んだのは、周に対する好意だけの問題ではないだろう。

そんな椎名真昼の母親が、この第二巻に登場する。

そして思う。この両親からよくもまぁ、こんな良い子が育ったものだと。色々と複雑な思いに駆られながら、周がみせる男気に期待したい。最後、急速に物語が展開した第二巻であった。

【前:第一巻】【第一巻】【次:第三巻】

転生したら剣でした11 感想

【前:第十巻】【第一巻】【次:第十二巻
感想リスト

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剣として生きていく

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作者:棚架ユウ

イラスト:るろを

試し読み:転生したら剣でした 11

ざっくりあらすじ

獣人国の一件を解決し英雄となったフランは、そのままバルボラに戻り、ガルスと再会するために調査を開始する。すると悪い噂の絶えない貴族に連れ去られたまま行方不明だと知る。

感想などなど

本作にはあまり「○○編」という区切りはない。

しかし獣人国でのキアラ婆さんとの出会いから、黒猫族の村を守るための一連の戦い、神級鍛冶師アリステアに色々と教えて貰って、国から英雄として褒美を貰った第十巻までの物語を「獣人編」とするならば、あまりに濃い内容だった。

フランが戦闘面、心理面で強くなったというだけではなく、この世界に関しても多くのことが判明した。雑魚種族である黒猫族の未来にも、いくらかの希望の光も見えた。フランのみならず、インテリジェンスウェポンの師匠も強化されたことは言わずもがな。

この第十一巻からは、カレーに食卓が席巻されたバルボラに戻り、忘れかけていたガルスの捜索を再開する。ここからの物語を「○○編」とくくるなら、自分は「狂信剣編」と名付けようと思う。

無難な名付けなのではないだろうか。その真意が分かるのは、第十一巻でもかなり最後の方になるが。前半部分の平穏さが、一気に瓦解し壊れていく後半は、ある意味でホラーのようである。

ネタバレは避けつつ、その雰囲気を伝えられれば良いのだが……とにかく語っていこう。

 

ガルス爺さんというのは、第一巻でもお世話になった黒猫シリーズ装備を一式作ってくれた鍛冶師である。読み返してみると、ダンジョンマスターという混沌の神の眷属の話を、一番最初にしてくれたのはこの人だったりする。

そんなガルス爺さんの行方を捜す……ためにまずはオークションに参加することに。

失踪する直前にフランが受け取ったガルス爺さんからの手紙には、不自然な形で武具オーディションについてと鞘を作ったことが書かれていた(第七巻)。これは数少ないガルス爺さんが残した痕跡であり、オーディションで再会できることを期待していた。しかしながらオーディションにガルス爺さんは現れず、落札した鞘に刻まれた『蠍獅子に睨まれた戦乙女のいる屋敷』という暗号だけが残った。

その調査の過程で浮かび上がったのが、オルメス伯爵家である。

当然ながらフランは調査に乗り出す。師匠の静止がなければ、単身で乗り込んで大事件を起こしていたところだったがグッと堪える。ちなみにこのオルメス伯爵家の家のすぐ近くに、嫌われ者のアシュトナー侯爵家もある。

ここらを調査すると出てくる、出てくる怪しい話が。

そもそもアシュトナー家というのは、フランの魔剣を奪うためにアレコレしたり、女性を篭絡して不正をさせていたあのセルディオを、薬漬けにして裏で操っていた侯爵家である。そんな貴族に良い話を期待するというのが間違っている。

そのオルメス伯爵との間で密偵を遣わせ、何やら怪しげなことをしているらしい。その怪しいことが何かが分かればいいのだが……という矢先、フランの持っている魔剣を買いたいという男が現れる。

……薬漬けにされた挙句に魔剣を集めるためにあらゆる犯罪に手を染めたセルディオ。魔剣を買うために交渉に来た怪しい男。すべては魔剣を中心にして事件は動き出す。

 

事件の黒幕たるアシュトナー侯爵家が動き出した時、街は戦場となる。

キアラ婆さんが死んだことを皮切りにしたのか、情け容赦なく人が死んでいくようになった。敵の使う技の数々も、倫理観を捨て去ったかのような強烈なものになっている。文章だから読めているが、リアルな絵柄で描写されたら大層えげつないことになると思う。

こいつらをどう倒すのか? ガルス爺さんは……? 気になるところで終わった第十一巻、十二巻まで一緒に買っておくことをお勧めする。

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少女妄想中。 感想

【前:な し】【第一巻】【次:な し】
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※ネタバレをしないように書いています。

恋と妄想

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作者:入間人間

イラスト:仲谷鳰

試し読み:少女妄想中。

ざっくりあらすじ

いつも姿を追いかけていた彼女への憧れ。夢の中で出会った少女への友情。傷つけてしまったあの人への想い。不思議な少女たちの恋物語をつづった短編集。

感想などなど

本作はそれぞれ違う形の想いが綴られた短編が三つまとめられている。最初、読んだだけではそれぞれの繋がりは一切ない。しかし、最後の物語で全てが一続きになっていたことが明かされるという構成になっている。

それぞれのジャンルは違うように思えるけれど、描かれている想いはどれも儚く甘酸っぱい。そんな短編集になっている。

それぞれどのような物語なのか、ネタバレをしないように語っていきたい。

 

「ガールズ・オン・ザ・ラン」

例え一度も会ったこともない相手だとしても恋することはあるのだろうか。

本作の主人公は、意中の相手である「彼女」の後ろ姿しか知らない。声だって聞いたことがなければ、どこにいるのかすら知らない。何も知らない相手のことを、ずっと追いかけ続ける……本作はそういう話だ。

もう少しだけ詳しく説明しよう。

主人公が四歳の頃、急に現れたり消えたりする少女と出会う。その不思議な彼女の姿は、どうやら思い切り全速力で走った時に現れるらしい。そう気づいた時から、彼女の人生は決まっていた。

中学と高校生では陸上部、大学では走ることを趣味とし、就活では足の速さを自慢して採用を得る。そんな彼女の人生は、走っている時にだけ現れる彼女と共にあると言っても過言ではない。

彼女が走る後ろ姿は、主人公が歳をとるのと同じように歳をとった。高校生になったらしい彼女が着ている制服は、どうやら実在するらしい。その高校は、自転車やらでいけない距離ではない場所にあって、そこに彼女はいるのかもしれない。

そのことを知った彼女は――決して彼女とは会わないようにした。そう決めたはずなのに彼女の複雑な想い、追いつけない彼女への憧れが募っていく。彼女の胸に抱えたその想いを、恋と呼ばずして何と呼ぼうか。

彼女は走ることが好きだと言った。その好きは、ずっと見えている背中に向けられた想いなのではないか。

最後、自分の想いを自覚してからの彼女が好きだ。

 

「銀の手は消えない」

この世界は現実か、はたまた夢か。

そのような哲学的問題について、未だに明確な答えは出ていない。今、生きていると思っているこの世界は、実は眠っている夢の中であるということを、もしくはシミュレーションの世界であるという可能性を、否定するだけの根拠が存在しないのだ。

本作の主人公は、生きている現実は誰かが見ている夢であるということを知っている。怪我をすれば血が出るし、食事をすれば美味しい。母親だっているし、海に行けば人がいる。夜は眠ることだってできる。

しかしながら、それらは全て現実をなぞるような空想の世界であると、彼女は認識している。そんな夢の中、向かった海辺の堤防沿いに、釣りに精を出すシロネという少女と出会った。

シロネは誰かを探しているらしい。その誰かの名前も顔も分からないけれど、「見たらぱっと思い出すかもしれない」という。何もかもが曖昧なまま、物語は進行していく。これはそういう話で、一つの決まった目的がある訳ではなかった。

そこに一つの目的地が定められた。

シロネの「一緒に夢の果てを探しに行きましょう」という一言から、二人は電車に乗って旅に出る。旅というのもおざなりな、計画性の欠片もない。それでも二人でいられるならば、何だって良かったのだろう。

「海は出会いの場所だなぁ」というシロネの台詞が好きである。

 

「君を見つめて」

子供の頃、叔母の目を潰したことがある。

中々にショッキングな設定であるが、本作はそのようなことをした女子が主人公である。一歳と二ヶ月の頃に、そのようなことをしたようだ。幼すぎて記憶にないが、入り浸っている叔母の右目は義眼であることが、その情報が事実であるということを物語っていた。

そんな叔母を好きになったらしい。

主人公は高校生で、叔母は四十近い。歳の差は母親と娘くらいなものである。それでも好きになってしまったものは仕方がない。「……好きになる相手って、選べるんですか?」という問いに、「そうだよ」と答えられる者はいるのだろうか。そう自信を持って答えられる人間は、一体どんな恋をしたのか。是非とも一筆したためて欲しい。

彼女にとって叔母は好きになった初恋の相手で、叔母にとっての少女は娘のようなもの。彼女をたしなめるように、好きな相手は選ぶべきだという彼女は、少女の問いに明瞭な答えを返せない。

そこには、これまでの経験と共に理解してしまった諦めがあるのだろう。彼女の恋を諦めさせることはできない、と。

二人が選んだ恋の形が、好きだ。

 

「今にも空と繋がる海で」

エピローグのようなものであり、それぞれが抱いた想いの全てが繋がっていく集大成であり、それによって紡がれた美しい景色とも言える。この物語で、これまでの物語が完結すると言って良い。

もう一度、全てを読み返したくなる作品だった。

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作品リスト

悪役令嬢の役割は終えました 感想

【前:な し】【第一巻】【次:第二巻

※ネタバレをしないように書いています。

悪役令嬢のその後……

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作者:月椿

イラスト:煮たか

試し読み:悪役令嬢の役割は終えました

ざっくりあらすじ

神様と契約し、妹を助けて貰う代わりに悪役令嬢レフィーナとして転生した雪乃。その役目をしっかりと果たし、婚約破棄されて王城で次女として働くことになったが――。

感想などなど

公爵家の娘・レフィーナは悪役令嬢である。

そんなことは誰が決めたのか。そもそも悪役令嬢には自分が悪役という自覚がないから悪役なのだろうという疑問を呈したい気持ちは分かる。しかしながらレフィーナは生まれ持っての悪役であり、その役割を全うすることが使命なのであった。

なんと悪役令嬢レフィーナは、悪役として生きていく代わりに、不治の病に冒された妹を助けることを契約させられた天石雪乃という少女だったのだ。そのためにドロシー嬢に暴言を吐いて虐め、王太子レオンに救わせることで婚約を結ばせるというストーリーの立役者として孤軍奮闘した。

その役割を終え、つまりはドロシーとレオンの婚約が成立。レオンと婚約していたはずのレフィーナは、虐めた責任を取る形で王城の侍女へと落ちた。そんなところから物語は始まっていく。

その時の解放されたと言わんばかりのレフィーナの喜びようよ。

そもそも雪乃にとって、ドロシーに暴言を吐くということは苦痛に他ならなかった。我々が想像する悪役令嬢像に習うならば、命を脅かすレベルの悪逆非道の限りを尽くすべきなのかもしれない。

しかし彼女はそこまではできなかった。

「神に愛されているだけあって可愛いんだもの! あんな子に手を上げるなんて、できないわよ!」と罵るに止まった理由を説明している。なんだかんだで良い子なのだ。そんな裏の顔を隠し続け、役役令嬢としての名ばかりが世間に知れ渡った彼女が、侍女として生きていく。

それが本作のストーリーとなっている。

 

悪役令嬢の行く末は、死と相場が決まっている。

ただそれは、そこに至るまでの行動の劣悪さ故である。レフィーナの場合、「虐めてはいたけど手は出してないからなぁ」と王族からの罰則は甘々であった。彼女は王城の侍女として、今日の飯や宿には困らない生活を手に入れた。

しかもこの飯が美味い。王族の人間としては物足りないかもしれないが、彼女の本来の姿は庶民の暮らしに恋い焦がれる、米を愛する日本人である。仕事をした後の白米は美味かろう。

どうやら王族は白米といった和食のような食事はできなかったらしい。味噌汁=庶民の飯という数式が成立する文化なのかもしれない。とにかくそれがメフィーナにとってはありがたかった。

ただそんないいことばかりある生活という訳にはいかない。

まず侍女達の間でも、メフィーナの悪役令嬢としての噂は広がっている。その態度は尊大で、口が悪く、相手を見下す言動を絶やさない悪役令嬢の鏡のような姿を想像したのだろう。彼女に対する当たりは強い。

元公爵令嬢から侍女に落ちたという彼女を、虐めてもお咎めはないだろうと酷い扱いをする者も出てくる。ちょっとしたほころびを見つけては小言を言う……それだけならば大したことはない。厄介なのは鞭打ちといった体罰までもが行使されるという事態の発生であった。

それもこれも悪役令嬢としてやって来たことへの罰……そう割り切るメフィーナ。読者としては、神との契約により悪役令嬢を演じざるを得なかった彼女への同情が沸いてくる。

どうか彼女を救ってあげて欲しい……そんな願望を叶えるように物語は展開されていく。

 

ご都合主義と言ってしまえばそれまでだが、悪役令嬢として侍女に身をやつしたレフィーナが、あれよあれよという間に幸せな生活を掴んでいく話となっている。彼女のことを理解してくれる格好いい騎士の彼氏も出来て、虐めていたドロシー嬢とも早急に仲直りし、公爵令嬢として復帰……は無理でも侍女として幸せになっていく。

手始めにレフィーナに鞭打ちをした侍女長が解雇される。レフィーナを嫌っていたはずの人達が、侍女としてのレフィーナと接している内に彼女を助けようと動き出すまでの流れは王道で良き。

侍女長解雇に動いた一人である騎士ヴォルフ・ホードンは、ドロシー嬢を虐めていたレフィーナをかなり嫌っていた。しかしレフィーナと接していく内に考えを改めていく。そして徐々に恋に落ちる。

ドロシー嬢は、むしろレフィーナに感謝を述べた。自分に対して暴言を吐く度に悲しい顔をするレフィーナを不思議に思っていた彼女にとって、レフィーナは悪役令嬢ではなく、恋のキューピッドという方が近しい。

これも神の望んだシナリオなのだろうか。レフィーナが幸せになっていく過程を眺める作品であった。

【前:な し】【第一巻】【次:第二巻

お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件 感想

【前:な し】【第一巻】【次:第二巻

※ネタバレをしないように書いています。

駄目人間ですが何か?

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作者:佐伯さん

イラスト:和武はざの

試し読み:お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件

ざっくりあらすじ

マンションで一人暮らしする藤宮周の隣には、学校で天使様と呼ばれる学校一の美少女・椎名真昼が住んでいる。これまで一切の関わりがなかった彼女が、雨でずぶぬれになっているところに通りかかり、傘を貸してあげたことから不思議な交流が始まっていく。

感想などなど

一人暮らしを始めて、そこそこの年月が経過した。

炊事に洗濯、料理に皿洗いといった家事は当たり前にこなしている……つもりだ。

ただ、仕事で疲れて帰宅した時は、料理なんて作りたくないしコンビニ弁当で済ませることも珍しくない。量と味のわりに高いので避けたいところではあるのだが、辛いが仕方ないという諦めの境地に達している。

さて、本作の主人公・藤宮周は高校生にして一人暮らしをしている。両親との仲が悪くて勘当されたとか、両親が変な仕事をしているとか、そういった事情ではなく、仲が良すぎる故の反抗期的なアレっぽいので心配しなくてよい(2巻にて普通に両親が家に乗り込んでくる、仲は良すぎるくらいだ)。

心配すべきはそんなことより、彼の家の汚さである。

掃除と洗濯ができない人間の家の床に何が転がっているかを想像して欲しい。下着や靴下の類の置き場が、棚ではなく床である。食事関連のゴミはないと明記されているため、コバエ育成所とはなっていないことだけが救いか。しかし足の踏み場がないという状況であることは変わりなく、これでは休まるものも休まらない。

それを掃除してくれる人がいた。隣人・椎名真昼である。

 

神は平気で二物、三物を与える。

美男美女は頭が良くて性格も良いと相場が決まっている。名が体を表し、文字には心が現れるというならば、顔には人生が反映されると思う。その点、椎名真昼という人間は完璧すぎてそら恐ろしさすら覚える。

学業成績はトップクラス、運動神経も良い。そのうえ学校一の美女であり、たくさん告白されたりしているらしい。しかも隣人の汚部屋を掃除してくれるという器の大きさは、現実で遭遇すれば感涙しむせび泣く自信がある。彼女の聖人エピソードは掃除だけに留まらず、日ごろの食事管理までしてくれるに至るのだから、現実で起これば幸せの反動で殺される気がする。

しかも、その食事がめちゃくちゃ美味い。美少女の手料理が怖いと感じたのは初めてである。

まぁ、そんな物語であるということは公式のあらすじを見れば分かること。そういう話だと知ったうえで手に取って読み始めるし、そういう展開を期待している。しかしそこに至るまでの流れがあまりに急ピッチで進み過ぎる。

冒頭は雨でずぶぬれになっている椎名真昼に傘を貸すシーンから始まる。彼女は傘をさして帰ったのだろうが、一方の男の方はというと濡れて帰って風邪をひくこととなる。そんな彼を心配し看病してくれたことで、彼と彼女の関係は一気に進展することとなる。

良い。好き。ラブコメのド定番をド直球で貫いてくれた。

そこから当たり前のように続いていく椎名真昼の通い妻。最初はあまりに生活能力が欠如した彼を心配して、傘を貸してくれたことに感謝して、という一時的な感情だったのだろう。二人の会話も堅かった。

それがいくつもの晩御飯を常に共にして、掃除も一緒にして……軽口も言い合えるくらいに、クリスマスも一緒に過ごすくらいにまで関係性になっていく。なんだこれは、砂糖はどこに吐けばいい?

この第一巻の憎いところは、椎名真昼の抱えている闇が全く明かされないことだ。冒頭、どうして雨でずぶ濡れになっていたのか? どうして一人暮らしをしているのか? てっきり明かされるものだと思って、そこが物語としての山場になるとメタ読みしていたのに、そういった展開は一切なかった。

関係性を深めることにドラマ性は必要ない。なんとなく一緒に食事して、一緒にゴミ部屋を掃除していけば良い感じになるのだろう。

そういえば、タイトルは駄目人間にされていた件となっているが、どうしようもない駄目人間生活を強制されたとでもいうべきだと思う。

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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました3 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

ラスボス飼ってみた

情報

作者:永瀬さらさ

イラスト:紫真依

試し読み:悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました 3

ざっくりあらすじ

魔王クロードが、アイリーンとのことや魔王としての記憶を失ってしまい、アイリーンとの婚約も破棄されてしまうことに。このままでは不味いと、「会えば打ち首」と釘を刺されていることを無視してクロードの元に通い詰めるアイリーンだったが――。

感想などなど

ミルチェッタ学園にでの魔香騒ぎは、本来の主人公であるセレスをリリアが操ることで、泥沼化させられた事件だった。アイリーンはあまりプレイしていないFDの情報を駆使したリリアに軍配が上がるかと思いきや、最後の最後に勝ったのはアイリーンであった。

そんな第二巻では、リリアがアイリーンと同じく元プレイヤーであるという情報だけでなく、彼女の目的が明かされた。それは彼女にとって何もかもがゲームと同じように展開されるこの世界に飽き飽きして、唯一ゲームとは違うイレギュラーな行動を取ってくれるアイリーンを追い詰めて遊ぶため。

アイリーンはこの世界をゲームではなく、もう一つの世界と考えている。一方のリリアは、現実ではなく所詮ゲームと割り切って周囲と接していた。要は婚約者であるセドリックも人間とは思っておらず、ゲームの攻略対象として捉えていたのだ。ゲームと同じことを言えば、ゲームと同じ反応を返す彼らに対して、そういった感情を抱くのは仕方ないのかもしれない。

そんな彼女と正面切って争うことになった矢先、クロードの記憶喪失事件が起きる。これはFDであった内容で、ゲーム本編で死んだと思われていたはずのクロードが実は生きていて、本来はヒロインであるリリアと一緒に過ごしている内に記憶を取り戻していく……という内容らしい。

ゲームの内容に沿うならば、リリアとクロードが一緒に過ごしている内に記憶を取り戻すことになる。しかしリリアは敵である。どこまで彼女が知っているのか定かではないが――とにかく彼女はこの状況に乗じて、記憶を失ったクロードと時間を共にしていく。

このまま記憶を取り戻さないままであれば、魔王としてではなく人間として生きていくことができる状況を、これまた好機と考えて、皇帝はクロードとアイリーンが会うことを禁じた。その本気度は、「会えばアイリーンは打ち首」と言い渡されたことからも伺える。

ただ、アイリーンはそれを歯噛みして見ているような乙女ではない。

打ち首? まぁ、お忍びで会いに行くんですけどね。という訳で忍び込んでの逢い引きが始まる。記憶を失って、アイリーンにベタ惚れじゃないクロード様は新鮮である。そんなクロード様にベタベタ触れて痴女と揶揄されたアイリーン。是非ともベタ惚れクロードに、今のアイリーン様を見せてあげたい。

この辺りを読んでいると、アイリーンを泣かせたいと宣ったクロードの気持ちが分かるようになってしまう。普段は強気な乙女が、ほろりと見せる弱気な姿に恋した男もいるのではなかろうか。

 

第二巻でアイリーンが手に入れたのは、リリアがアイリーンと同じ状況であるという情報だけではない。オーギュストやゼームスといった生徒会メンバーが、クロードの傘下に加わったのだ。

彼らはアイリーンに言われるがまま、クロードの下に着いたといえるかもしれない。しかしながら彼らは彼らの役割を、第三巻ではしっかりとまっとうしてくれる。クロードの元に通い詰めるアイリーンだけが、本作における主役ではないのだ。

そもそもクロードは魔王というだけあって、その魔力量や魔法の技術はかなりの水準に達している。そんな彼の記憶を消し去ることができる者などいるのだろうか? 誰か黒幕がいるはずという発想は、凄く自然である。

おそらく全てを把握しているだろうリリアの妖艶な微笑みと、セドリックもクロードも攻略対象としか見ていない彼女の策略。彼女は誰もが駒であると表現した。彼女の思い通りにいかないことはない。

ただ現実を見よ。第二巻の舞台となったミッチェル学園において、彼女の思惑通りにことは運んだだろうか。アイリーンの活躍が大きいとはいえ、物語は急展開している。

今回もアイリーンのみならず、駒だと揶揄された者達の行動にも着目してあげて欲しい。彼らは決して駒ではない。感情を持った人間なのである。

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